いつも訪れるピンチとヒーロー

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 アニメや特撮では当たり前の存在の人たち。 実際の彼らは過酷を極めた世界で生きていて、屈することなく、折れることもなく、光を失うことすらなくて。  『リーダーらしくなくていいよ。花内くんらしいレッドでいていいんだよ』  決まった役のように演じなくていい。  その時見た恒星のような眩い笑顔は、今の笑顔に近いのかもしれない。  私と両親を助けたのは、そんなことの後だった。  直向きに、一直線にスターダストに立ち向かう彼の底知れないパワーを知っているから、助けに来てくれた時の安堵感。きっと君は知らないでしょう。 助けてくれたあの時でさえ、君は不安そうだった。 それなのに、いつからあんな自信満々な花内くんになったのだろう。  不思議で仕方ないけれど、あの頃を思うと落ち着いてきたのかなと安心した。 だから、を覚えたの。 『試してみよっか、瀬戸内さん』  実直で、堅実的な花内くんの唇から安易に『キスしよう』と言うような言葉は、2年前に見たあの花内くんと同一人物に見えない気がしたから。 「瀬戸内!寝るなよー?!」  手を叩く音に驚き、ハッと我に返った。  辺りを見渡せば、選択美術の時間だったことを思い出した。  今日は私がモデルになる日だった。 32人が私の周りをぐるりと囲うように椅子に座り、クロッキー帳に描き込んでいくコンテが紙の上を滑る音が部屋に響く。  斜め左前に座っている金の髪が瞳を遮るから、彼は鬱陶しそうに左手で前髪を耳に掛け直して、サラサラとコンテを走らせている。  星が流れる碧眼が上目遣いで私を見上げてくることにどきっとした。 ひゃぁぁっ!!! 花内くんに見つめられてるーーーっ!!!  変なところないかな、髪の毛乱れてないかなと不安でオロオロしたくなったが、美術の先生が「動くな」とピシャリと言い放った。  クスクスと微笑われ、恥ずかしさで耳が熱くなった。 かっこ悪・・・。 もうやだ、花内くんに良いところみせられてない。  20分間のモデルを終え、グッタリした心地で自分の席に戻ると、今日も隣の席が月島くんだった。  右手は相変わらず髪の毛で隠れて見えないし、そのままスケッチしてるから凄い。  まだ描き足りないのか、彼は私が隣の席に座ったことにすら気が付かずにサラサラと手を細やかに動かして、コンテを紙に擦り付けた。  そんなに私の絵って難しかったかな。  そっと彼のクロッキー帳を覗き観ると、照れ臭そうに困った私の顔が見えて、思わず「すごい」と呟いていた。 「盗み見なんて、スケベだな瀬戸内」  ジトっとした細い目で睨まれたが、こんなに仏頂面でも怖いとは思わなかった。 「これくらいのスケベは許してくださーいっ! それより、月島くんって絵上手いね?!美術館に飾れるんじゃない?!」 「大袈裟な。たかがクロッキーで」 「大袈裟でもないし、たかがでもないよ! 私のこと良く見てくれてるんだなって伝わってきて嬉しい!」 「・・・よく見なきゃクロッキー出来ないだろ」  変な間があったが、クロッキー帳を閉じられてそっぽを向かれてしまった。  月島くんの扱い方が難しいっ。 でも、最近よく喋ってくれるようになった気がする。  ちょっと嬉しい。 「月島くんって、普段何してるの?」  唐突だったかなと思いつつ、仲良くなりたいなぁという視線を彼に送るとため息が返ってきた。 「・・・あのあと、花内と何かあったりした?」  私が問いた返事ではなかったが、彼から珍しくクエスチョンで返ってきたので口角が上がった。 「特に何もないはず。どうして?」  空間図形についての説明をしている先生を横目にして、右側に座る彼の横顔を見つめた。    細縁の眼鏡の向こう側はどんなふうになっているのだろう。  彼の黒髪が邪魔してよく見えない。 「・・・花内のこと、あまり信じない方が良いって言ったら、瀬戸内はどう思う」  視線を合わせてくれない彼が、今日はどうしてか見つめ返してくれた。  「・・・え?」  どうって?花内くんのこと、信じない方が良いって、どうしてなのだろう。  花内くんのことデッサンすることすら嫌がるくらい、彼のことを避けるのはどうしてなのだろう。  彼は地球を代表して闘うヒーローだというのに、言葉通り“嫌悪”に満ちた眼差しを向けている。  視界にすら入れたくないと言わんばかりに、月島くんは黒板を見ることすら嫌がるように、教室の窓の外をよく眺めていた。  それがどこか投げやり的に見えて、自己放棄しているように思える。
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