不思議な力

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 催淫効果のあるキス・・・。  艶やかな彼の唇を見つめては、朱莉ちゃんが言っていた“癒しのキスは催淫効果もある”に思わず生唾を呑んだ。  もし、私と花内くん(シリウス様)とキスしたら、私ってばどんな風になってしまうんだろう?!  みんなの目が彼へ注がれている体育の時間。 男女で別れてバスケの試合をしていたが、圧倒的な運動神経の良さで、バスケットゴールにダンクを決めた花内くんは、嬉しそうにガッツポーズを取っていた。 「うっしゃぁーー!!悠真がいるオレらのチーム最強ぉぉぉ!!!」 「ちくしょー!!ずりーぞ!!!」 「そーだそーだ!異能のレッド様がいるだなんて反則レベルだぞ!!」  仲間割れにも思える掛け声だったが、ワイワイしている男子たちはいつもの仲良しメンバーで、いつもと何ら変わらない日常だ。  高身長の花内くんは女子の人気を集め、黄色い声援が体育館に響いた。 それももういつもの光景だ。 彼の周りだけ異常に人が多くなるのも、世界を守るヒーローとして人気を博しているせいもあるだろう。 だから、決して嫉妬なんてしない!決して!! 「花内くーん!こっちみてー♡」 「投げキッスしてー♡」  アルドルか何かのコンサートみたいに、花内くんへ女子のコールが響くと、彼は彼女たちに投げキッスをサラッとやってのけ、アニメのように軽やかなウインクをして魅せた。  体育館の2階から観ていた女子たちの歓声と鼻血を噴き出す子が多数いて、試合どころではなくなったのは言うまでもない。 「わ、私は2年前にキスされたからいいもんね!」  ぷくっと頬を膨らませていると、隣にいた朱莉ちゃんは苦笑して「人工呼吸的なキスね」と付け足した。  もう、もう、もう!! 花内くんは、本当に私になんの感情もなくキスしたの? ただの人助けで、サラッとできちゃうものなの?  私は、瀕死な状態だったけど、ちゃんと覚えてるよ。 「元の世界に帰してあげるから」という優しくも低い声音で言っていた励ましの声を。  朦朧としていて、花内くんのことちゃんと見れなかったけど、唇の温もりは今もずっと、残ってる。  彼とのキスは、身体を優しく包み込むような、あったかくて、ふわふわして、夢を見ているような感覚。 じわじわと生きる力を与えてくれる、不思議なキスだった。  “必ず生きて帰れるよ”と励ましてくれた彼の声は、私に確かな生を与えてくれた。  力強くも優しい彼の、澄んだ声に惹かれていったんだ。  死を目前にしたから分かる。 脚が竦むような恐怖を彼は日々経験していて、人を励ますことなんて本当はできないくらいの恐怖を知っているはずなんだ。 それでも、あの時は私だけでなく両親も両手に抱えて、ひたすらに声をかけ続けてくれた。 “大丈夫。必ず帰してあげる。生きて”  諦めかけていた私の心を励ましてくれた。  空気を溶かすほどの地獄の中、弱者を助けるために飛び込んで来た彼は紛れもない“ヒーロー”だ。  だから、花内 悠真が男女問わず人気なのは納得出来るし、そうでなきゃおかしいとも思う。  なのに、彼は私と目が合っても、なんてことない顔するから胸の奥がチクリとする。  その度に思い知らされるのだ。 あの時のキスは『救助』であって、なんとも思っていないと。  頭では理解しているけれど、心がなかなか認めてくれない。  私のこと、本当になんとも思ってない? ただ、死にかけた人を助けるためのキスだった? それとも、もう忘れてしまった?  私は臆病にも彼にそう聞けなかった。  入学式に彼に『あの時は助けて下さってありがとうございました』と勇気出して伝えたが、彼はキョトンとした顔して、のちに少し気まずそうに眉根を下げて言った。 『ごめん、いろんな人を助けてるから。 でも、君を救えて良かった。これから同じ高校生だから、宜しくね』  言葉を返せなかった。 覚えていないどころか、私を見てもなんとも思っていないみたいだった。
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