いつも訪れるピンチとヒーロー

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いつも訪れるピンチとヒーロー

「月島くん、また白紙じゃん。どうして花内くんのターンになると描くのやめるの?」  左の生え際が見える前髪分けのせいか、右目が前髪で隠れて見えずらい月島くんの印象はだった。 あと、眼鏡をかけているせいでよりじめっとした暗さがある。  「別に。描きたいと思わないだけ」  放っておいてくれと言わんばかりに机を離され、デッサン回収ー!という先生の声に私は躊躇した。  大好きは花内くんは、私の画力では表しきれないけれど、今回は上手く描けていたと思う。  クロッキー帳を回収しに先生が回って来た時、いつか描いた落書きのページを開いて、唇をぎゅっと結った。  美術の先生はため息を吐き、真っさらなクロッキー帳の月島さんに聞こえるようにため息をついて言った。 「月島、なぜいつも描かないんだ。採点すら出来ないだろう。もう次からこの授業に」 「先生!!」と先生が集めたクロッキー帳の上に私のクロッキー帳をドサっと乗せた。  唐突にのせられたクロッキー帳の勢いに驚き、手元に戻された私のクロッキー帳に眉間にシワがやる。 「せーとーうーち〜。お前はなんでデッサン中に落書きしてるんだ!!しかも不細工なクマ!!」 「違います?!これはスターダストのアトラスです!!」 「お前、美術選んでおいてこの画力は無いだろ!!」 「ちょ、酷い先生ー?!」  ドッと教室の笑いを掻っ攫ったのは言うまでもなく、私の酷い画力は暫くクラスの中で突かれた。  隣に座っていた月島くんは不服そうにしていたけれど、何か言ってくるわけじゃなかった。 「てことで、次回のデッサンモデルは瀬戸内だな。見せパン履いて来るの忘れるなよ」  ポンっと肩を叩かれ、ムンクの叫びのようにひぃぃと絶句する。  20分も動けないの結構大変なんだよね。 「瀬戸内さん!」  少し離れた席に座っていた花内くんが私の名前を呼んでいたことに驚き、変な声が出た。 「ひゃ、ひゃい!」 「ぷはっ、ひゃいって何?可愛いんだけど」  クスクスと笑いを噛み殺した彼の笑顔に思わず嬉しくなってしまう。  好きな人が私の名前を呼んだだけでも舞い上がるのに、可愛いって笑ってくれたことが嬉しく思ってる。  ただ、噛んだことが恥ずかしくて穴があったら今すぐにでも入りたい気分。 「20分間ずっと固まってるの大変だろうからさ、飴でも舐めながら座ってると良いよ。何回もデッサンモデルした僕からのアドバイス」  参考にしてみて!と私に向かって飴玉が投げられ、咄嗟にキャッチした手のひらに乗ったりんご味のキャンディを見て、口元が緩んだ。 「ありがとうっ!参考にしてみるね!」  星がキラキラと跳ぶようなウインクを送られて、トスッと私の胸に突き刺さる音が聴こえる。  「あう、カッコ良すぎて死にそうっ」  ぴゃ〜〜っ♡と手足をジタバタさせていると、隣に座っていた月島くんが鬱陶しそうにギロリと睨んでいるのが見え、サッと背筋を正した。  月島くんって口数少ない割に視線で感情訴えてくるところあるよね。暴力的な視線が辛い。 それに比べて花内くんはほんと爽やかで、優しくて王子様みたい。  線が細いのに、しっかりした筋肉もあって男の子って意識させられるなぁ。  誰にでも優しい花内くんだから、勘違いしてはだめだと思うのに、自分が特別に感じてしまうのはやっぱり、癒しのキスしたからかな。  手のひらで転がした赤い小袋に入った飴玉を見つめ、目元が緩む。 あぁどうか、神様。 この初恋が実りますように。 まだ勇気が出なくて告白なんてまだまだ先になるかもだけど、花内くんの特別な女の子になれるように頑張るから。  まだこの感情を独り占めさせてください。 天にも昇ってしまいそうな、ふわふわとした感情にときめいてはニヤけた。
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