いつも訪れるピンチとヒーロー

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 「今日は瀬戸内と月島が裏庭当番らしいが、昼間に事務員さんが掃除してくれたそうだ。 裏庭のかわりに家庭科室の準備室の掃除をしておいてくれ」  終わったら鍵を預けに来いよと担任の先生に言われ、わーいと喜んだ。 初夏の熱気帯びた空の下、雑草むしりしなくて済むと思ったらつい喜んでいた。  夏服になったことで、半袖ブラウスにネクタイを締めるだけでこんなにも息苦しさが半減した。  もう少し熱気が出てきたらこのネクタイもしなくて良くなるだろう。    最近の特番はスターライト特集も多くなって花内くんもそのメンバーも忙しそうだ。  平日は学校へ行き、夜は悪の組織と闘い、土日祝日はメディアへの出演やボランティアに参加していると聞く。  まるでアイドルみたい。  この前の飴玉で少し仲良くなった気分で嬉しかったのに、彼の忙しさで声をかけるタイミングを見失ってしまった。  家庭科室に来ると、鍵は開いていた。 あれ、月島くんもう先に来てたのかな。  薄暗い家庭科室の引戸を引き、電気の付いてない教室へ入ると家庭科室独特な甘い香りがした。  この香りが実は胸をくすぐられる。 なんだか初恋に似たものを感じるからだろうか。 ほのかに甘くて、だけどしつこくない。掴めそうで掴めない、頼りない香り。  「月島くーん?」  準備室の戸が開いているのが見えて、ドアノブを引いた。  修理に出すためのミシンが何台か並んでいる先に人影が見え気がする。  ガラス戸棚の中に布や本がズラリと並び、調理器具などの一式も全て収納されている準備室には、洋裁用のマネキンが置かれていて、人ではないのかと肩を下ろした。  あとで朱莉ちゃんとマックで待ち合わせしているし、早く掃除終わらせて帰ろう。  今日どこかのクラスで使用したであろうミシンを準備室の奥へと移動させた。  めっちゃ重い!!月島くん、いつになったら来るの〜!! 「サボったわけじゃないよね」  ぷぅっと唇を尖らせ、次のミシンに手を伸ばすと、背後から大きな手が伸びてきて、ミシンカバーから出た取手にかけた。  骨々とした角張る手と背中に当たる大きな気配にどきっとする。 「悪い、遅れた」  耳朶に彼の唇が触れそうな距離で呟くから耳が熱くなった。  生暖かい吐息にドキドキしたのは、こんなにも至近距離で男子に近付かれたことなんてなかったからだ。  爽やかな香りに胸をときめかせている自分にハッとして、「まだ2台しか運んでないから大丈夫」と取り繕っていた。  さらさらな黒髪から覗く黒がかった紫色の瞳。 まるで掘り起こされる前のアメジストのよう。  吸い込まれてしまいそうに見えた眼鏡の先の瞳と目が合って、頬がカァッと火照る。 「つ、月島くんってよく見ると顔整ってて綺麗だよね!」 「いきなりなに?」  突然顔面を褒められたことに疑心が生まれたのか、1、2歩ほど距離を取られて地味に凹んだ。  どうしていつも警戒されちゃうんだろう。 何か私したっけ?  内心ションボリと肩を落としたものの、ふと彼の身長が高いことに気がついて思わず微笑む。 「ただ、“カッコイイ”って褒めたかっただけ」  掴み上げたミシンがガシャンッと音を立てて落ちた。  驚いて肩が竦んだけれど、ミシンは壊れずに済んだようで、落とした本人は顔面硬直していた。 「・・・お前、誰にでもそんなこと言ってんの?花内だけに思ってたんじゃねぇの?」 「ふぇっ?!」  いきなり花内くんの話を振られ、脳天まで一瞬にして沸騰した。  流石に一瞬で真っ赤になったのが心底驚いたのか、若干引き気味に目元を細められた。 「な、ななななななんで花内くんの名前が出てくるの?!そ、そりゃあ王子様顔だし、みんなのヒーローで爽やかで優しくて頼もしいイケメンだけど!!!」 「褒めちぎってる」  素で花内くんの良さをアピールしてしまったけど、はぁとため息を吐かれたことで我に返った。 どうして月島くんは花内くんのこと気に入らないのだろう。聞いたら踏み入りすぎかな?  謎多き月島 彗星は、至って普通の極みだ。 秀でた何かをアピールするわけでもなく、交友関係も無く、タスクを淡々と密かにこなしていく。 でも、どこか淋しげでいて誰とも関わりを持とうとしない所は、やっぱりどこか不思議で、目を惹く何かを秘めているような。 「月島くんの下の名前って“彗星”なんだね。」 「だから何「星の名前が付けられてて、謎めいているミステリアスな月島くんにピッタリだなって」 「・・・彗星は厳密に言うと星じゃないよ」 「え?!そうなの?ほうき星って名前がついてるのに?」  月島は呆れたような顔してため息を溢すから、阿保な女だなとイラつかせてしまっただろうかと内心ヒヤヒヤした。 「彗星は天体の一部で、彗星本体の核は氷で出来てる。その氷の表面に砂がついて、流れに乗って太陽に近づくと“尾”が融けて、地球から宇宙を見ると彗星が星の合間を縫って流れる。 俺たちが空を見上げて彗星と呼んでいるのは、宇宙の塵って呼ばれているものなんだよ。 太陽の光に照らされて輝いて見えるから、星と勘違いしてるだけ。理解したか?」
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