裁きの女神

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 その後のことを、修一はほとんど覚えていない。血を吐きながら横たわる鎖鎌ババアと救急車やパトカーのサイレンの音だけは微かに覚えている。気づいたら病院のベッドの上だった。修一の傷は頬の切り傷のみだったので、すぐに帰らされた。このあとしばらくカウンセリングに通わなければならないらしい。  伸雄は未だに入院していて、命に別状はないみたいだった。これから片腕で生きていかなければならない伸雄を思うと、修一は胸が苦しくなった。  あれだけ修一が殴りつけた鎖鎌ババアも、現在入院中らしい。恐らくは精神疾患を患っているのだろうということだが、身元のわかるものは身に付けておらず、その正体は何もかも不明のままだった。ただどんな理由があろうと伸雄の片腕を奪い、自分にトラウマを植えつけた鎖鎌ババアに対しての確かな憎しみを修一は抱いていた。今入院している病院を退院したとしても、また別の病院へ行くのだろうとは思う。修一はもう一度殴りつけたいような気にもなりかけたが、やはりあいつにはもう二度と会いたくない、そう思った。  修一が数日ぶりに学校へ行くと、クラスメイトは話しかけづらそうにしていた。みんな体験談を内心では聞きたがっているふうだったが、修一の顔つきや頬の傷を見て聞くのはやめているみたいだ。修一は黙って席につき、窓から外を眺めた。  あの百人の行方不明事件は未だ何も解決しておらず、部活などの放課後の活動は禁止されたままだった。どこかで見つかっただとか、ひょいと帰ってきたという話しも聞かないし、あれ以来行方不明者が増えるということもない。あの日の夜に何が起きたのか、知る者はまだ誰もいなかった。  二、三日降り続けた雪は、それ以降は嘘のようにぱったりと止み、晴れの日が続いた。腰が埋まるほどにまで積もっていた雪は徐々に溶けていった。雪支度を済ませていたこの町の住人は、それでも気は抜かなかった。今は一時的に止んでいるだけで、どうせまた降り積もるだろうと誰もが考えていた。  学校のグラウンドの雪もなくなりかけていて、土の色が見え始めている。例年であればサッカー部が踏み固めていた筈だが、今年はそれが中止となっているため、グラウンドの雪は最後までしつこく残っていた。窓から外を眺めていた修一はおかしなことに気づいた。休み時間になると、確かめるために走って外へ出た。  グラウンド一面に、無数の死体が仰向けになって寝そべっていた。ここで雪の中、数日誰からも気づかれずに埋まっていたということが修一にはすぐにわかった。  すぐに百人の行方不明事件を修一は思い出した。ここにいたのか。こんなに近くに、行方不明になった百人近くの人が、全てグラウンドの雪に埋まっていたのか。  修一が第一発見者となり、すぐに騒ぎが起こった。警察や記者が詰めかけて授業どころではなくなり、生徒は強制的に帰らされた。  後日修一が聞いた話しによると、百人の死体全部に鎌でつけられたような切り傷があったらしい。あのグラウンドに並べてあった百体ほどの死体を作り出したのが全て鎖鎌ババアの仕業だったとでもいうのだろうか。それはあり得ない。鎖鎌ババアがたった一晩で鎖鎌により百人をも殺害し、グラウンドに並べる。そんなことは不可能だ。もしかしたら、協力者がいるのではないか。そんな考えがよぎり、修一はゾッとする。鎖鎌ジジイやその他の家族たちがいるのか。数十人、もしかしたら数百人もの鎖鎌一族の手によって起こされた事件だったのではないか。そしてその鎖鎌一族は、まだこの町に大量に潜んでいて、雪が降り始める日を待っているのではないか。
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