裁きの女神

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 今年の初雪は深夜から降り始めた。パラパラとゆっくり降りてくる粉雪が、明け方には大雪に変わった。予報通りだったし、雪が降るのは毎年のことなので、この町の住人で慌てふためくような人はそれほどいない。  朝、通勤や通学の時間には足首の高さまで積もっていた。その日は日中も降り続け、みなが帰る時間帯には場所によっては大人の腰が埋まるほどまでになった。  タイヤは冬用のものに変えている人がほとんどで、上着も、肌着も、靴も、靴下も、帽子も、しっかりとみな冬用、雪用に備えている。地域によっては少しの雪がぱらついた程度で大騒ぎになるが、この町に住む人間にとっては大きな出来事ではない。ああ今年も雪の季節か、と、持つ感想はその程度のものだった。  修一もその中の一人だった。十五回目の冬を迎え、物心がついた頃から今まで、雪が降らなかった冬を経験したことはない。小さな頃から辺り一面の銀世界が、修一にとって当たり前の冬の景色だった。そんな修一には、雪にまつわる特別よい思い出はなく、逆に悪い思い出も見当たらなかった。修一も他の人と同じように、ああ今年も雪の季節か、と特に感動することはなく、今年の冬に何かが起こりそうな予感もまるでしていない。数ヶ月我慢をして春を待とう、この時はただそう思っているだけだった。  そういえば部活はどうなるんだろうか。修一は歩いて学校へ向かう途中、雪を頭に被りながらふと思った。中学の頃は体育館を使って練習したり、体育館を使えない日はたまに雪の中で走り込みをさせられたりしていたが、修一の通う高校ではほぼ毎日他の部活の練習で体育館は埋まっているはずだ。 「なんか、グラウンドの雪をひたすら踏んで平らにしてから、そこでボール使って練習するらしいぞ」 「マジ?」  教室に着き、伸雄から告げられた事実に、修一はかなりげんなりしてしまう。この寒さの中、あの広いグラウンドの雪一面を踏み固めるなんてことが本当にできるのだろうか。しかも踏み固められたとしても、そんな硬くてデコボコした地面でろくな練習ができるとは思えない。この寒さの中では、スパイクだってボールだって、部室の中でカチコチになっているのではなかろうか。 「雪を踏み固める用の、長靴なんかもあるらしい」 「そこまで用意してんのか。やだな」 「しかも、雪を踏むのは、基本は一年の役目らしいぞ」 「やば」  ただでさえ走り込み等の練習メニューが嫌いな修一は、想像するだけで頭がくらくらする思いになる。中学から始めたサッカーを、高校に入っても部活として選んだのだが、一年でそれほど実力のないものは雑用をやらされることが多く、そこへきて雪踏みという残酷なイベントが加わった。修一は他の部活へ入れば良かったと今さらながら後悔した。  だからその日は、窓から降る雪を眺めながら、どうにかして部活をサボれないかと口実を考え続けた。熱っぽいと言おうか、それとも親が倒れて病院に行くことにしようか。雪が嫌で嘘をついてるんじゃないかと他の部員から思われたら嫌だなあ。もしも嘘がバレたら部活に行きづらくなるよなあ。そうなったらなったで、いっそのこと辞めてしまおうか。どうせ自分の実力では三年生になったとてレギュラーになれるかはわからない。  そんなことをずっと考えていたが、その日は結果的に部活自体が中止になったので、修一は拍子抜けした。しかもサッカー部だけではなく全ての部活が中止になり、放課後になると全生徒が即座に帰宅するよう命じられた。この町が今とんでもない状況になっているということを修一は全く知らなかった。  なるべく保護者に迎えに来てもらい車で帰るように、それが難しいのであれば近所の人同士で一緒になり複数人で帰るように、と担任の先生が深刻な表情で教室のみなに伝えた。 「なんだお前、知らなかったのか。今日、みんなその話題で持ちきりだったんだぞ」  伸雄は呆れた顔で修一を見る。 「ずっと一人で考えごとしてたんだ。詳しく聞かせてくれないか」 「まあ俺もさっき聞いて知ったんだけど、百人くらいが行方不明らしい」  伸雄が言うには、昨晩から明け方にかけて謎の行方不明者が続出したという。ちょうど雪が降り始めた時間から、町からポツリ、ポツリ、と順に消えていったわけだ。しかも行方不明者は、この学校を中心にして半径五キロメートルほどの範囲で出ているらしい。 「噂によると高橋も、そのいなくなった人の中の一人らしい」  高橋というのは同じクラスの野球部で、確かに今日高橋の席は空席になっていた。  そんなことが起きているなんて一つも知らなかった修一は、とにかく仰天した。一晩で百人もいなくなるなんて事件は聞いたことがない。 「百人もとなると、誘拐なんかじゃないよな?」 「たぶんな。催眠術によって集団でどこかへ失踪したとか、宇宙人に攫われただとか、別次元に飛ばされたとか、神隠しだとか、オカルトチックな噂も散々飛び交ってるところだよ」  詳しいことは修一にはもちろん、伸雄にもわからなかったが、突然煙のように消えるわけもないので、夜コンビニに出かけて戻らなかったとか、犬の散歩に行ったきり戻らなかったとか、塾に行ったきり帰らなかったとか、そういうケースが一晩で百件起こったということなのだろう。全国的なニュースにもなり、日本はこの町のことでお祭り騒ぎになっていた。 「それで今日は部活も中止で、早く帰れってことか」 「そういうことだな。一人にならないように帰れってな」 「今日はどうする?」 「牛丼でも行くか?」 「そうするか」
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