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今日飯いらない、という連絡だけ母親に済ませた修一は、伸雄と共に牛丼屋へ向かった。雪はもう止んでいたが、地面には積もっているし、誰も歩かないような場所は特に酷い。学校の屋根は、潰れないかと心配になるほど大量に乗っかっていた。
校門の外の道路で軽い車の渋滞が起きていた。あんなにも迎えが来ているのかと、修一は事態の大きさを実感した。我が子が消えてしまわないかとみんな不安に思って急いで車を走られせて来たようだった。
迎えの来ない二人、修一と伸雄は、ズボズボと雪に足を沈ませながら、十分くらいかけて牛丼屋に着いた。修一の母親から返信は来てなくて、恐らくまだ仕事なのだろう。温かい店内に二人はホッとした気分になる。
二人ともが大盛りを頼み、それはすぐにきた。店内に他の客はいなかった。夕飯時にしてはまだ時間が早いからだろうと、修一は思った。
「それにしても、一体なにが起こったんだろうな」
「何が起こったんだろうな」
「なんとも不可解で、恐ろしい話だよな」
「そうだよな」
二人は始め、百人の行方不明事件についての話題で喋ろうと思ったが、それほど盛り上がる気配はなかった。わからない情報の方が多いし、二人の間でこんなに不可解な事件についての会話をしたことはなかった。
伸雄はかき込むようにして牛丼を二分ほどで平らげた。修一も負けじとがっついた。
修一と伸雄は、小学生時代からの友人だった。家もそこそこ近所にあって、よく一緒に帰り道を並んで歩いた。伸雄は中学までは修一とサッカーをやっていたのだが、高校に上がると部活には何も入らず、つまりは帰宅部で気楽そうに過ごしている。今日こうやって下校時に一緒になり、牛丼屋へ来るのも久しぶりのことだった。
修一と伸雄の会話は、大抵エロ話かバカ話しかのどちらかだった。同じクラスの女子の胸が何カップか予想する。せーの、の合図で同時に自分が予想したブラジャーのサイズを言い合い、同じ答えが出せたら謎のハイタッチを行う。そうやってバカなことに興じてきた。
牛丼を食べ終えた後もずっと居座り続けたが、他の客はついに一人もやって来なかった。もう八時であり、そろそろ帰ろうかとお互いが思い始めたところで、修一の母親から着信があった。
「もしもし、あんた何やってんの?」
と、少し怒っている様子だった。
「いま、伸雄と飯食っててさ」
「早く帰って来なさい。それか、迎えに行こうか」
「伸雄もいるから、迎えは大丈夫。すぐ帰るよ」
電話を切ったあと、修一はもう帰らないとと伸雄に伝えた。伸雄は時間を確認し、もうこんな時間か、と驚いていた。二人は同時に立ち上がって、会計を済ませて店の外に出た。
外に出ると、肌に刺すような冷たい空気に包まれ、まるで別世界に降り立ったようだった。さっきは止んでいたのに、またパラパラと雪が降り始めていた。
辺りは暗いし、普段より静かに感じた。歩いている人をほとんど見かけない。車通りすら、いつもより明らかに少なかった。みんな外出を避けているのだろう。帰り道に呑気に牛丼屋に立ち寄っていながら、修一は今さらながら不安を覚え始めた。伸雄も同じようで、
「なんだかやけに静かだな」
と辺りを見回しながら言った。
考えてみれば、確かに異常な事態なのだ。百人が一気にいなくなる出来事なんて、日本でどころか、世界でだって初めてのことなのではないだろうか。昨日までいた家族のうちの一人が、朝になると消えている。そんな家庭が今朝百近くあった。いろいろな想像をするうち、修一の不安はさらに大きくなっていった。今朝からテレビも見ていなし、ネットニュースも見ていないから実感が湧かないが、日本中で、いやひょっとしたら世界中で大騒ぎになっているかもしれない。
もし誘拐なのだったら、複数人、少なくとも数十人規模のグループでの犯行なのは間違いない。だが、伸雄いわくいなくなった人の年齢や職業はてんでバラバラらしく、誘拐事件だとしたらいまいち動機がわからない。また、そんな大規模なたった一晩で起こった誘拐事件で、誰一人目撃者がいないなんていうのはある得るのだろうか。もしくはやはり宇宙人に攫われただとか、神隠しにあっただとか、たまたま空間にできた裂け目のようなものから別次元に迷い込んだとか、そういう非現実的なことが原因だろうか。
「そういえばさ、今ふと思い出したんだけどさ」
さっきから続いていた沈黙を、伸雄が破った。
「三ヶ月前に家のばあちゃんが死んだんだけどさ、死ぬ三日前くらいだったかな、変なことを言ってたんだ」
「なんだよ。怖い話しか?」
「今年の冬に裁きの女神がやってくる、って」
「裁きの、女神? なんだそりゃ」
「全然わかんないんだけどさ、とにかく、裁きの女神がくる、今年の冬に裁きの女神が必ずくるって謎に繰り返しててさ、ああこりゃ死を目前にして頭がおかしくなったんだなって思ってたんだけど、なんだか急にその時のことを思い出したんだよな」
「いま行方不明になってる事件は、その裁きの女神の仕業だってのか?」
「それはわからん」
「女神が誰の何を裁くって言うだよ」
「まあ、人間の犯してきた罪なんて、数えればキリがないだろう?」
わざと真面目くさった顔を作りながら伸雄がそう言った。修一は恐ろしさの方が優ってしまっていたため、うまく笑えなかった。
「はは、ははは」
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