1.性癖

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1.性癖

 青天の霹靂だった。 「再婚…?」 「うん。どうかな?」  夕食時の家族会議の最中。  父親の大地(だいち)は箸を止めて、いきなり息子へと話を切り出した。 「どう…って…。父さんはもう、その人とって決めたんだろ?」 「うん。でも、お前に反対されてまではしなくてもいいんだ」 「そんな…。反対なんてしないよ」  今更の話だった。  大地は、まだ若い時期に結婚し、息子の卓都(たくと)を得たが、卓都の母である妻には早くに先立たれている。それ以来、ずっと独り身のまま息子を育て上げた。  息子である卓都に、その再婚に口を出す権利など全くといって良いほどになかった。 「良かったじゃないか。どんな人なの?」  そう問いかければ、大地は年甲斐もなく頬を赤らめながらも話し始める。  大地の再婚相手は、年齢は五十歳になったところで、名前は春子と言うそうだった。息子がひとり。来年度から新社会人らしい。 「ほらお前ももう、いい歳だし。どうだ? 家を出てみないか?」  とかいって、新婚を気取りたいんだろう。  確かに卓都もいい年齢を迎える。今までは仕事場からも通える距離に実家があり、長く父子家庭だったこともあって父を置いて家を出るなんて考えたこともなかった。  というか、この大地は身の回りの片付けくらいはできるものの、ひとり息子を育てた父親ながらも料理は恐ろしく下手だった。だから、そんな大地をひとり残して独立など、さすがに卓都にはできなかったのだ。  しかし、そんな大地に奥さんができるのならば、息子としてもこれ以上ないほどに有り難い話でもある。卓都だっていつまでも、父と一緒に暮らせるわけではない。 「俺も、お邪魔虫になるのは嫌だからな。ここを出て一人暮らしするよ」  この歳だが初めての一人暮らしだ。それはそれで楽しめるかもしれない。  けれど、大地からは賛成でもなく否定でもない、曖昧な返答が返ってきた。 「…いや、そうじゃなくてな…」  言いにくそうにしながらも、大地はおずおずと話を切り出す。 「あっちの息子さんがこの春から新社会人になるそうでな…」 「うん? さっき聞いた」 (だからあちらも、再婚を踏み切れたんだろうな)  と、呑気に頷いている場合ではなかった。 「どうだろう? あちらの息子さんと、一緒に住んでやってくれないか?」 (…んん?)  卓都は耳を疑ってしまう。記憶を遡って、大地の話した言動をもう一度、脳内で整理してみる。 (えっと…再婚相手の息子と、俺が…同居だぁ?!) 「いやいやいやいや…! さすがにあちらさんも二十歳越えてるんだし、そこはお互い一人暮らしでいいんじゃないかぁ?」 「いやぁ、その、な? 春子さんが言うには…」  春子の息子である深春(みはる)は、卓都とは違って母子家庭にあたった。春子は料理が趣味らしい。母親というものはついつい息子に手をかけてしまうようで、料理に関しては息子に覚えさせることは一切していなかったそうだ。代わりに掃除洗濯その他のスキルは、しっかりと身についているらしい。 「まぁ…お前も仕事で上にあがったことだし、今は忙しい身だろう? 料理ができても、部屋の片付けまで間に合わないんじゃないのか? 掃除代行くらいに考えてやってくれればいいからって、先方も…」 「えっ!? まさか父さん、相手にもう了承したんじゃ…」  今まで見たこともないほどにデレデレとしている大地が、再婚相手からの頼まれ事を断れる状況とは到底思えなかった。  それに、これからお世話になるこの父親自体が料理がてんでダメな男でしかない。  まるで交換条件のようなこの同居の提案に、卓都としても渋々頷くほかなかったのだった。
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