5 地球を冷やせ

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5 地球を冷やせ

 ディスカッション動画で無様な醜態を晒した近衛は、後に引けなくなっていた。  地球温暖化は止めねばならない。雪の降る光景を全日本人の脳に刻み込まねばならない。もはやそれ以外に雪辱を晴らす方法はない。格式高い近衛家の人間が、生活保護世帯出身者に打ち負かされたとあっては名家の名折れである。  手段など選んでいられない。  近衛実美は冷戦時代に置き忘れられた理論を発掘した。それは〈核の冬〉と呼ばれていた仮説である。  多量の核兵器が都市部に撃ち込まれた場合、その煤塵は天文学的な量にのぼるだろう。火山の噴火で放出される硫黄が大気を覆い、地球の平均気温を下げることは古くから知られている。そうであるならば、都市の煤塵も同じ働きをするはずだ。  日光が遮断されれば顕著に地球の平均気温は下がる。真夏でも一桁台になる可能性すらある。冬は推して知るべしだ。  問題は核兵器を100メガトンほど核保有国に使用させねばならない点なのだが、近衛家の人脈をもってすれば決して不可能ではない。  真っ先に思い浮かぶのはアメリカとロシアである。だがロシアは21世紀初頭にやらかしたウクライナ戦争の後遺症がいまだに癒えておらず、核弾頭の整備はほったらかしになっている公算が大きい。外貨獲得のためテロリストに売却しているという嘘のような本当の話があるくらいなのだ。  最右翼はインドとパキスタンだろう。両者ともカシミール地方を巡って長年に渡って対立しており、関係は険悪さを増しこそすれ緩和される兆しは見られない。  両国の保有数を合算しても〈核の冬〉を惹き起すには足りないが、近隣に中国がいる。タイミングにもよるが、インドが一発でも撃てば必ず中国がどさくさに乗じるはずだ。中国が撃てば覇権国家としてのメンツから、アメリカも撃たざるをえない。  どこに着弾するかは些細な問題である。要は都市が灰燼に帰せばよいのだ。そのためにはまずインドを唆す必要がある。  近衛実美はインドに駐在している外交官へ連絡した。「もしもし、俺だが。インドへ原発技術を輸出したいという企業があってね。プルトニウム原料の最新型なんだが――」
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