2節 胡桃か桃か

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2節 胡桃か桃か

 長方形に成形されたバターはもうない。他でもない私が、形を崩してマヨネーズのような状態にした。そこへ粉砂糖を入れて混ぜ合わせる。  ほどなくして粉っぽさが薄らいで、生地の色がより鮮明になった。  生地にアーモンドプードルを加えた後、主に調味料を収納している引き出しを開けた。ハーブやスパイスなどの小瓶が大半を占めている。だからこそ「素焼きくるみ」と「ドライピーチ」の包装は目立つ。  お母さんが作ってくれたブール・ド・ネージュには、どちらかの食材が必ず入っていた。私はどちらも苦手ではない。だからと言って好物というわけでもなかった。お父さんも、作り手であるお母さんでさえもそうだったらしい。  疑問を呈する園児の私に、お母さんは胡桃沢という家名にちなんで使っていると答えた。  ブール・ド・ネージュはまさしく母の味だ。しかし私が小学校を卒業して間もなく母の味は途絶えた。  中学生になって、お菓子作りを始めてから六年間考え続けているが、お母さんのこだわりを理解することは難しい。  王道に手を加えた、お母さんのブール・ド・ネージュは冬限定のおやつだった。春、夏、秋にねだっても作ってもらえない。しかも、冬であっても雪が積もっていないと期間外なのか、自宅の庭でお父さんと雪遊びをした後に出されることが多かった。  素焼きくるみか、ドライピーチか。雪の玉に隠された食材を当てようと、毎度のごとく必死になっていた。味の違いは明確なはずなのに、他のことに気を取られて苦戦したことを今でも覚えている。  そして現在、私は、二種類の食材に伸ばした手をさまよわせてばかりいる。 「素焼きくるみは香ばしさが増す。ドライピーチは甘さがたまらない」  どちらを入れたところで、レシピに沿っていれば結局、母の味にたどり着くのだ。今年の雪はもう解けた。ブール・ド・ネージュを作っているのは今日が命日だからだ。  はたと気付き、手を引っ込めて振り向く。私の真後ろには冷蔵庫がある。胡桃沢家の冷蔵庫はガラスドアではなくスチールドアなので、磁石を貼ることができた。だから学校便りやらカレンダーやらが所狭しと並んでいる。  カレンダーをじっと見つめているうちに、三十一日以外の日付が目に留まった。  三月三日。桃の節句である。安直な発想だが、私は心に決めて引き出しに向き直った。  手に取ったのはドライピーチだ。  包装を開けると閉じ込められていた香りが鼻腔(びこう)をくすぐる。私は生唾を飲み込んだ。食欲に負けてはならない。  使用する分だけそそくさと量って細かく刻み、ボウルに投入した。
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