3節 玉を形作る

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3節 玉を形作る

 混ぜ合わせること数分、泡立て器からゴムベラへ持ち変える。  真打ち登場だ。天板の隅に追いやっていた受け皿を取って傾けていく。きめ細やかな薄力粉が降り積もって生地を覆いつくした。それをゴムベラで切るように混ぜる。  粉っぽさが少しずつ失われていく感覚に、お父さんと雪合戦をした時の記憶がよみがえる。  まだ柔らかい雪を素手ですくい取る。もちろん冷たいのだが、幼い頃は、手のひらから伝わる冷え冷えとした感覚にこそ心踊ったものだ。  生地を切り混ぜる作業は、雪の玉を作るために自軍へ雪をかき集める時の感覚に似ている気がする。  昔を思い出しながら作業を進めていると、あっという間に生地がまとまった。私はゴムベラを置いて、オーブン用の黒い天板にクッキングシートを敷いた。これで思う存分「雪遊び」ができる。  幼い頃に作った雪の玉と比べてだいぶ小ぶりだ。しかも柔らかい。本物はもう二回りは大きく、殺傷能力のある固さで作っていた。両手が持つ体温で雪を溶かし、力一杯圧縮するのだ。そうすることで人体に当たっても崩れない雪の玉ができる。  当たりどころによっては泣くほど痛いと聞く。私の場合は、防寒具のおかげか、衝撃もある程度は緩和されていた。もっとも、これに関しては、私に向けて雪の玉を投げるお父さんが手加減をしてくれていたのも大きいはずだ。  クッキングシートを敷いた天板の上に、丸めた生地を置いていく。一個、二個、三個。五百円玉くらいの小さな玉が、一定の間隔を保って陳列する。全部で二十個になるように調節しなければならない。  ほどなくして「雪遊び」は終わった。  天板を、予熱した庫内に入れる。ほのかに感じた熱を再び閉じ込めて、オーブンレンジのスイッチを操作した。焼き上がりは十五分後だ。  その間に使用済みの調理器具を洗ったり、生地が焼き上がった後に行う作業の準備をしたりした。網に、粉砂糖に、せっかくだからお気に入りの小皿を使おう。  見た目を白くするための粉砂糖は、ポリエチレン製の薄くて透明な袋に入れてある。片付けを少しでも楽にするためだ。  キッチンに香ばしい匂いが充満して腹の虫が鳴る。思わずキッチンタイマーに目を向けた。ちょうど三時のおやつに差し掛かるところだ。  オーブンレンジから焼き上がりを知らされたのと、リビングのドアが開かれる音を聞いたのは、ほぼ同時だった。 「なんだ、風花(ふうか)。また何か作っているのか」  人影がキッチンをのぞく。お父さんだ。リビングに姿を現したということは、在宅勤務を終えたのか。もしくは休憩をしに来たのかもしれない。
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