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『拝啓、前世。
あなたを消してどれほど経っても俺の日常は何も変わりません。ピアノが無くても毎日楽しいです。』
飛花流れる窓は春うらら。
俺は教室の窓辺の席でうつらうつら手紙を書いていた。正しくは新学期に書かされる今年の目標と題した声明文だ。掲示や発表がないことをいいことに好きに書いている。
『ですが、そんな日々も終わりそうです。あいつがこの学校に編入してきたからです。覚えていますか? あの暴力的ともいえる天才を。俺があなたを消したきっかけになったあの『ノクターン』を。』
名前を見たのはクラス替え表だった。自分の名前を見つける前に奴はいた。幸い、奴はA組で俺はC組だ。しかし、毎日顔を見ずに済むかは時間の問題だ。奴も俺の存在に気づいているかもしれない。そして、尻尾を振ってやってくるんだろう。
「失礼しまーす! 蜷川蒼波くんいますかー?」
こんな風に。
クラスメイトたちは一斉に俺を見て、先生が奴を咎める。
「授業中ですよ」
「あと五分で終わるじゃーん。ねぇねぇそれより」
先生の言うことなどお構いなしにずかずかと教室に入る。暑苦しい笑顔が俺の前までくると、笑顔が全身に広がったように飛び跳ねた。
「ひっさしぶりー! 覚えてる?」
「……森宮月桔」
春光を浴びた彼女があまりにも眩しくて、俺は目を逸らした。
十六歳にして日本を代表する天才ピアニスト・森宮月桔。俺の好きなピアニストで、僕がピアノを辞めるきっかけになった天才。
『まさか、こんな形で再会するとは思っていませんでした。』
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