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毒を盛られた俺、黒田愁一──もとい、皇帝は意識混濁が数日続いたのちに、昏睡状態に陥った。
危険な状態にあったが運よく毒が特定されて、治療薬が開発される。それを煎じて飲んだ事で命の危機は免れた。
治療の甲斐があって回復した皇帝は、動き回れるよう完全に回復するまで寝室で執務を行う事にした。それから暫くして、命の危険がないと判断された皇帝は、帝国の者に問題ない事を知らせる為に舞踏会を開催する。王座に座り、ワインに口付けようとしたその時、隣から声を掛けられる。
「わたくしが、毒を盛りました」
真っ直ぐに伸びた背筋。
目が覚めるほどの、炎のような髪。
夜空を照らす星の如く明るい金色の瞳。
このダンスホールのどのシャンデリアよりも輝いていた、その瞳の持ち主が毒を持ったと自ら名乗り出た。
「──ミッシェル王妃」
指の力が抜けて、手からグラスが落ちる。ガシャン、というガラスの割れた音は宮廷音楽家の奏でる音で掻き消されてしまった。
だが、影のように仕えていた騎士が彼女の自白を聞いて彼女を俺の目の前で取り押さえる。床に押し付けられたミッシェルは、抵抗は見せなかった。
「……殺したいほど、俺を嫌っていたのか?」
ミッシェルから返事はなかった。
ただ、彼女は静かに微笑んだだけ。
彼女は騎士に連れられて退場する。王座でこのような事が起こっているにも関わらず誰一人こちらを見る事なく音楽に合わせてダンスをしている様が滑稽だった。
床に散らばった赤ワインがミッシェルの髪の赤さと同じに見えた。
そして、目の前でミッシェルが斬首された時も、飛び散った血を見て同じ事を思ったのだ。
『──あのワインと同じ色だな』
黒田社長は、己の前世を語り終えて短い息を吐いた。それから少し温くなってしまったコーヒーに口をつける。
カップから唇を離した彼は、無言のまま中身のコーヒーを無言で見つめていた。
俺は、そこで挙手する。黒田社長は掌の先で俺をさした。発言を許可される。
「相当嫌われてましたね」
「おい。慰める言葉を投げられないのかお前は」
不機嫌そうな声と眇める目は、イケメンなせいで凄味はあるも俺は負け時と言葉を続けた。
「正直に申したまでです。黒田社長が……いいえ皇帝が自分ではなく王妃の親友でもある侍女に恋煩いをして、それを目の前で見せつけられたんですよ。そりゃプライドの高い王妃は傷ついたでしょうね。追い詰められて、毒を盛ったんでしょう」
政略結婚でも……皇帝を愛していたかもしれない。だからこそ、毒を盛ったのだろう──その感情は俺には分からないけれど。
誰かに恋い焦がれる感情を俺は一度も他人に抱いた事がないのだから──……。
「まぁ……傷つけてしまった自覚はある」
黒田社長の自白に俺は、意識を戻す。己の話を頭の隅に追いやった。
社長はコーヒーカップをソーサーの上に置いて、整えた髪をクシャクシャに掻き乱した。折角、後ろに撫でて前髪が全部下りて額を隠してしまう。
(額が隠れた方が、幼く見えるな)
幼く見える、なんて男に言ったら失礼だろう、そう思って俺は心の中で留めた。どちらかと言えば彼は『イケメン』『美形』と決まり文句を言われた方が好きな事を俺は知っている。
「ところで」
黒田社長に話しかけられて、俺は目の前の彼を見る。
「花川は俺の転生話、信じてくれるか?」
黒目がちの目が不安気に揺れた。
「えぇ。信じます」
「ほ、本当か!?」
「はい」
頭の打ち所が悪くて、妄想話が思い浮かんのだろうが彼にとってその転生話は真実なのだ。それを否定しては治るものも治らない気がして、俺は社長の転生話を受け入れる事にした。
(医者から否定より肯定してあげた方がいいと言われているし……それに……転生話を語る社長の目が、仕事をしている時の目と同じだったし)
女癖が悪かった……つい半年前まではそうだったので今では過去形だが、女性に対して手癖が悪い社長は仕事だけは真面目である。女関係は屑だが、己の性欲に忠実で、それ以上を仕事に対して熱意を下げることが出来る彼を俺は尊敬している。
それに、彼は学歴で人を判断しない。高卒の俺を「有名大学を卒業した人間よりもお前の方が優秀だ」という理由で秘書として雇ってくれたのだ。その時の大卒からのやっかみと嫌がらせは酷いものだったが……高卒にしては遥かに高い給与を充分過ぎるほど貰っているから痛くも痒くもない。お金、万歳。
「でだ。この話にはまだ続きがあるんだ」
彼が神妙な口振りで呟いた。
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