第12話 交通の要所ケンディム

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 人が集まる、といっても、ケンディムにはまず人の数が多すぎる。どこを見ても人、人、人。街並みを眺める余裕さえないけれど、お陰で人々が豊かなことがよく分かったわ。視界に入る人、皆が血色のいい顔をして、ちゃんとした服を着ている。どこも汚れたり、ほつれたりしていない。市場で野菜を値切りに値切っている主婦だってそうなんだから、マヴィアナ国は本当に生活水準が高いのね。  もちろんそれは、魔法があるからこそ、なのでしょうけれど。魔法のお陰で最低限の暮らしが保証されてる、って感じ。  だけど、魔法には魔法の厄介なところもある。  周りに合わせて足を進めていた私たちの耳に、大きな爆発音が聞こえてきた。まずルシオンが走り出して、警戒を強めたカリオがぴったりと私の傍につく。クシェは慌てたようにルシオンについて行った。  周りの人たちも、なんだなんだと騒いで音のした方へ流れ始めた。 「お嬢様」 「行ってみましょう」  二つ先の角を曲がると、石造りの集合住宅らしき建物の壁が大破し、面した通りに瓦礫が散らばっていた。中にはタンスや机の破片みたいなものも混じっている。  先行していたルシオンとクシェは、後から来た私たちに気付くと強張った顔を向けてきた。 「……子供が魔力を暴走させたんだって、誰かが言っていました」  クシェが暗い声で呟く。  大穴のあいた壁からは、中の住人が顔を出してぺこぺこと頭を下げていた。その腕に抱かれてむずかっているのは、小さな赤ん坊だ。 「すみません、すぐ直しますから! うちの子がすみません!」  謝っている母親に、一人のおじさんが近づいた。周囲の惨状を一瞥し、無惨に崩れた壁をじっと見る。クシェが思わず、と言った様子で不安そうな声を漏らした。  気難しそうな顔のおじさんは、母親の前に立つと深く息を吸い込み、 「あっははははっ! こりゃあ盛大に吹っ飛ばしたなァ!」  豪快に笑い声を上げた。 「申し訳ありません、大家さん。すぐに片付けます」 「いや、いいよいいよ。こっちでやっとくさ。あんたは子供を見ててやんな」 「でも……」 「赤ん坊は泣いて魔力を暴走させて、家を吹っ飛ばすまでが仕事さ! しかしこの規模はなかなか珍しいなァ。もしかしたら、坊主は大物になるかもしれねェな! きっと魔力もデカいぞお!」  気のいいおじさんは、赤ん坊を抱いた母親の肩をべしべしと叩き、ついでに赤ん坊の頭を優しく撫でてから腕を一振りした。 「スタトレ・パラーレ」  散らばった破片や木屑が宙に浮き、みるみる元の形に戻っていく。すごく繊細な修復魔法ね。  野次馬をしていた人たちも、それぞれ母親に「元気でいい子を産んだなあ」「将来有望な子ね」「暴走が多いなら、肌着を変えてみたら? うちはそれで収まったよ」などと優しく声をかけている。  赤ん坊が魔力を暴走させるのは当たり前。そんな空気。私は、クシェと初めて会った日の会話を思い出していたわ。  魔族の取り換え子が、家一軒を吹き飛ばしたって話。だけどそれは魔族からの攻撃なんかじゃなくて、魔力を持って生まれた赤ん坊がただぐずっただけなのよね。少なくとも、このマヴィアナ国では。  自分たちの信じていたことが過ちだったと気づいたとき、彼らは何を思うのかしら。 「行きましょう、私たちがここにいても仕方ないわ」  爆発音で集まってきた人たちも、徐々に散り始めている。私は突っ立っている三人に声をかけて、元の道に戻ろうと踵を返した。そのすぐ横を、背の高い痩せた男が走り抜ける。 「った!」 「あぁ、すまん!」  随分と急いでいるらしい男は、ルシオンにぶつかるも立ち止まらず、短い謝罪だけ残して去っていった。さすがに転んだりよろけたりはしなかったけど、ぶつかられたことにいい気はしなかったらしいルシオンは、男の去った方向を見て小さく悪態をついた。 「なんなんだ、あいつ」 「……おい、ルシオン殿」  カリオが突然、低い声を出した。 「なんですか、そんな怖い顔して」 「今、何か盗られなかったか」  全員が一斉にルシオンを見た。表情を変えたルシオンは、慌てて懐を探って蒼白になる。 「ま、」 「ま?」 「魔石……、ないです……」  この場で誰一人として叫ばなかったことを、誰か褒めてほしいわ。リダールなら褒めてくれるかしら……。
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