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そもそも、三人だけで突っ込むというこの作戦自体、穴だらけだと思う。本当にこれ将軍が考えたの? いや、「完璧な作戦ですわ!」と褒め称えたのは私だけど。
一応、何も考えていないわけではないのよ。魔族と人間の攻防は、過去に何度も起きている。大陸中の国が兵士を出して侵攻したこともあったし、和平を結ぼうと使者を出したこともある。
けれどそのどれもが失敗に終わった。連合軍は魔族の国にすら入れず、使者は魔王城に辿り着く前に呆気なく殺された。
だから裏をかいて、少人数で潜入して暗殺しようという、その発想は分かるの。そこに大本命を投入する無謀さがおかしいだけで。
「セレステア殿下がいらっしゃれば、魔族に負けることなどありえない。この聖剣と、それを振るう勇者もいるならば万全だ!」とか宣った将軍、もう七十手前だし、もしかしたらボケているのかも? 私の熱狂的信者だったから正直鬱陶しかったのだけれど、そう考えると少し可哀想なのかもしれないわね。
などと、馬車の中でつらつら考えていると、がたりとその馬車が止まった。再びノックされ返事をすると、今度は窓ではなく扉が開く。
「姫様、お手を。今日はここで宿を取ります」
恭しく手を差し出すカリオの肩越しに、見事な夕焼けが見えていた。空を真っ赤に染める太陽をしばし眺めて、私はカリオの手に自らのそれを重ねる。
馬車を降りると、国境に一番近い村だと分かった。小さな村なのだが、聖女が泊まるための宿泊施設がしっかりと用意されている。
満面の笑みで私たちを歓迎する村人たちは、王都の住民たちとは比べ物にならないくらいにみすぼらしい服を着ていた。国境近くの村は大抵、貧しい暮らしを余儀なくされている。
ついてきた兵士は野営でしょう。村の外で火を熾しているのが見える。私はカリオにエスコートされながら、村に似つかわしくない豪華な宿へと足を踏み入れた。
王城なら、空気の温度を調節したり、お湯をすぐに沸かしたり、そういった便利な魔道具がある。けれどここのような貧しくて小さな村では、村人の稼ぎすべてを集めたって魔道具の一つも買えないわ。普段は使われていない建物の中は、どこかひんやりとしている気がした。
ここで今晩寝るのは、私とカリオ、ルシオンの三人だけだ。勇者が私と同じ宿を利用することについてもカリオが文句を言っていたけれど、明日には国境を越えるのだからちゃんと休まないといけないと説き伏せた。
面倒を起こさないでほしい、お願いだから。
凍り付いたような雰囲気の中で始まった夕食は、実に味気ないものだった。パンが一つずつと、鶏肉がほんの少しだけ入った野菜スープ。ルシオンは不満そうな顔をしていたけれど、私が文句ひとつ言わずに食べているのを見て、黙って食べていたわ。
おかしな人ね。王城にいる間に食べていた豪華な食事より、こちらの方が身近だったはずでしょうに。王都から離れた村の食事なんて、どこも変わらない。ましてや国境に近い場所は人も少ないし、鬱蒼と茂る森ばかりで畑にできるような土地もない。僅かにある開けた土地だって、土が痩せていて作物は十分に育たない。これがこの村で精一杯のご馳走だということくらい、辺境育ちの勇者なら分かるはずよね?
あらゆる意味で味のしない夕食を済ませ、ひと際広く作られた部屋に入るなりベッドにぼふりと倒れ込む。今日はリダール、来てくれないのかしら。今はあちらも、魔王討伐の対策で忙しいだろうから、きっと難しいわね。
この討伐作戦に便乗して、私はリダールの元へ行く。生まれ育った国を捨てて、私を聖女と慕ってくれた人々も裏切って。
着替えることもせず、普段のようなお手入れをすることもなく、私はゆらゆらと眠りに落ちて行った。
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