第5話 魔族の国へ

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第5話 魔族の国へ

 クシェを仲間に加え、朝のうちに名もなき村を出発した。護衛の兵士は村で別れる予定だったため、馬車も一緒に置いてきた。  ここからは徒歩での旅になるわ。国境付近に横たわる森を抜け、普通の旅人を装って魔族の国の中心部へ向かうのよ。  魔王であるリダールは私たちのことを知っているけど、この国で暮らしている魔族全員がこの作戦のことを知っているわけではないから、パンデリオ王国から来たとバレるとちょっと困る。それに、カリオたちにも私の目的を知られるわけにはいかない。  そして現在、私たちはルシオンに魔族の国について説明をしていた。  どうして彼は、勇者に選ばれたくせに魔族について全然知らないの? 地理とか全然知らないじゃない。クシェの「何もできないくせに!」がまるっきり誇張じゃないなんて。 「魔族の国、と呼ばれているが、正式な名称はマヴィアナ国。大陸最南端の半島が領土で、国境はすべて我がパンデリオ王国と接している。土地はほとんどが荒れ地で、人が住めるような環境ではないという。我が国の土地も、マヴィアナ国に近づくほどに荒れていくのは知っているだろう?」  カリオの講義に、へえー、と呑気な相槌を打つルシオン。子供でも知っている常識なのに、どうして今さらこんなことを説明しないといけないのかしら。  城に滞在してる間に、ちゃんと確認しておけばよかったわ。「魔族と戦うため、鍛錬を怠るわけにはいきません!」とか言って、常に素振りをしている場合ではなかったんじゃない?  そうは言っても、もう遅い。頭を抱えているクシェに、思わずそっと寄り添った。 「クシェさん、ルシオン様は……」 「昔からあんな感じなんです……。本当に、剣の腕はいいんですけど」 「ええ、それはもちろん、分かっておりますわ」  あれで国中の猛者を蹴散らしたのは、私も見ていたから知っている。ぱっと見は金髪碧眼の優男なのに、主に腕力が凄かったわ。  正直、カリオが選抜に出ていたら分からなかったと思ってる。カリオが優秀なのは、私が一番知っているもの。けれど、勇者になりたいと言ったカリオを、お父様は一蹴した。  「勇者のほかに王女を守る騎士が必要だ。それにお前に王女を嫁がせるわけにはいかん」なんて余計な言葉付きで。後ろの一言は絶対にいらなかったと思うの。どうして騎士としての実力を認めるだけに留めなかったのかしら。  そのせいか、カリオはルシオンにいらぬ敵愾心を抱いている。もともと三男という立場で、どうでもいい子として扱われていたのを気にしているのに。 「聞いているのか、ルシオン殿!」 「聞いてます。でも、魔族のことを知って何になるんですか? 僕たちは魔族を滅ぼしに行くんでしょう?」  胸の奥が、どくりと嫌な音を立てた。  ルシオンに限らず、世界中の人々が魔族の滅びを望んでいる。誰も魔族の本当の姿を知らないのに、いつか彼らが攻めてくるのだと信じ込んでいるの。 「あの、ルシオン。この討伐作戦ってどういうものなの?」  クシェがルシオンの腕を引いて尋ねた。私は内心、ほっと胸を撫で下ろす。話が逸れてくれてよかったわ。 「えーっと……」  首を傾げたルシオンは、クシェを見返したまま黙り込む。もしかしなくてもこの勇者、作戦の内容を理解してないわね? 私と同じことに気付いたカリオが、すうっと息を吸い込んで怒鳴った。 「ルシオン殿ッ!!」  これは酷いわ。早速クシェが仲間になってくれたことを喜ぶことになるなんて。まだ国境も越えていないのに。 「あ、いや、その……。ははは」 「ちょっとルシオン! 作戦くらい覚えてないと駄目じゃない!」  二人から怒られて、ルシオンは助けを求めるように私を見る。悪いけど、私だってあなたを庇う気はさらさらないからね?  さっきの彼の言葉からして、きっと魔族の国に乗り込んで暴れ回ることを想定していたのだろう。それで魔族を滅ぼそうなんて、無謀にも程がある。 「ルシオン様……。わたくしたちの目的は、誰にも気づかれないように魔王城に向かい、魔王を暗殺することですわ」 「……はい」 「出会う魔族をすべて殺して回っていては、暗殺など到底叶いません。わたくしたちの正体が露見することがあってはならないのです。そこは分かっておいでですか?」  返事はなかった。分かっておいでではないみたい。冷や汗を垂らして顔を背けたルシオンの横で、クシェがばっと頭を下げる。 「申し訳ありません! ルシオンは別に、頭が悪いわけじゃないんです! ただ……」  別に、クシェが謝る必要なんてないと思うのだけれど。故郷の村でも、こんな感じだったのかしら。 「世界の平和のために、魔族を倒すという思いは人一倍強いんです。どうか分かってください、姫様、騎士様」  幼馴染が必死になっているからか、ルシオンもそれに倣って頭を下げた。ここで仲間割れをするわけにいかないと思ったのか、カリオは溜め息をついて怒りを収めたようだったわ。 「……仕方がない。クシェ殿も加わったことだし、簡単に作戦の説明をする。ついでに魔族についての話もするから、ルシオン殿もよく聞いておくように」  止まっていた足を動かしながら、カリオの声に耳を傾ける。 「魔族とは、簡単に言えば魔法を自在に扱える生物のことだ。我々は主に魔石から魔力を借りるが、魔族はそれを必要としない。普段魔族というとマヴィアナ国の国民を指すが、魔獣……、魔法を使う動物たちも含めて魔族だ。まあこれは、さすがにルシオン殿も知っているだろう」  こらカリオ、あからさまに嫌味を言わない。 「マヴィアナ国の情報はほとんど外に出てこないから予想にはなるが、魔族たちは同族で集まって力を蓄え、いずれ我々人間を攻め滅ぼそうとしていると考えられている。この百年ほどは静かだったが、最近になって新たな動きが見られた」 「あ……、魔族の呪い、ですか?」  クシェもちゃんと知っていたようで、溌溂とした表情が曇った。 「ああ、そうだ。人間が突然倒れ、魔族と化す呪い。幸いにして記憶などに影響があるわけではないから、呪いにかかった者が人間を襲った例はないが。だが、時間が経てばどうなるか分からない。今は全員隔離されているという話だが……」  民衆はこの呪いを恐れて、そして魔族に対する憎しみを募らせている。親しい者たちが、自分とはまったく違う存在になってしまう恐怖。それは相当なものでしょう。  姿形は変わらずとも、人間と魔族には大きな隔たりがあるわ。 「カリオ様、その呪いと取り換え子は、どう違うんですか? 取り換え子は、そうと分かれば殺すのが決まりですよね」  ルシオンが、ふと思いついたように尋ねた。 「取り換え子は、生まれながらにして魔族だ。両親は間違いなく人間なのに、だ。本来生まれてくる子供の体を奪っていると言われるが、どういう原理かは分かってない。もしかしたら同じように呪いをかけているのかもしれないが、取り換え子の場合は周囲に危害が及ぶ」 「あたしたちの村でも、取り換え子が生まれたことがあります。生まれて半年も経ってないのに、魔力を爆発させて家が丸々一軒吹き飛んだんです」  そしてその魔族の子供は殺されたのでしょう。本当の子供を奪った仇として。  呪いにせよ取り換え子にせよ、魔族が何かをしているわけではないというのはリダールから聞いているわ。だけど、それをここで言うわけにはいかない。  私は黙ったまま、カリオの説明を聞いていた。 「取り換え子のこともあるが、主に呪いのせいで人々は恐怖している。このまま魔族の侵略を許すわけにはいかないが、かといって正面から攻めても犠牲が大きすぎる。だから、陛下は魔王の暗殺を命じられたのだ」 「魔王、暗殺……」 「魔王は世襲制ではなく、その実力で選ばれるのだという。つまり、魔族で一番強い者が魔王だ。その魔王を倒すことができれば、魔族にとっては大きな打撃になる」  頭を狙うのは戦いの基本だという。リダールが実力で魔王に選ばれたのは本当だから、もし一番上に立つリダールを落とすことができれば、確かにマヴィアナ国は揺れるでしょう。  だけど、お父様たちは真の意味で理解しているのかしら。リダールは、最強だから魔王なのよ。  確かに私なら、彼を殺すことができる。逆に言えば、私以外にはほとんど不可能と言っていい。  一応聖剣という例外が一つだけあるけれど、それもリダールに傷をつけることは叶わない。 「勇者殿が持つ聖剣は、王国一の鍛冶師が打った剣に姫様がお力を付与されたもの。だが……」  カリオが濁した言葉の先を、私が引き取った。 「その聖剣は、完璧な力を発揮できません。どうやっても、わたくしと同じように魔族を倒すことは叶いませんでした」  私が聖女と崇められる原因となった、生まれ持った力。魔族を殺す力と言ってもいい。  ルシオンの持っている剣にはその力が宿っているけど、完全な再現は不可能だった。そもそもこれは私の体質のようなものだから、それを他に移すなんてありえない。  こっそり来てくれたリダールも魔法で手伝ってくれて、どうにかそれらしい効果を付与することはできたけれど。これを聖剣と呼んでいいかどうかは、悩ましいところよね。  完全に力を再現できていたら、さすがのお父様も私を敵地に送り込むことはしなかったと思うわ。勇者だけ送り込んで、失敗しても新しい聖剣を作ればいい。いや、聖剣を量産して兵士に持たせるのでも構わないのよ。  けれど完全な聖剣が作れないと分かった以上、やはり私も同行するしかないという結論になった。  いや、普通はそんな結論にならないと思うのだけれどね? この作戦を立てたの、ちょっとボケてる将軍だから。 「そういうわけだ。我々は姫様を確実にお守りし、魔王の元まで進まねばならない。正体が露見することがあってはならない。そして魔王を倒すには、姫様と、その聖剣の力が必要なんだ」  勇者の力が必要とは、決して言わないカリオ。最悪、自分がいればなんとでもなると思っていそう。  それに気づいたのか気づいていないのか、ルシオンは聖剣の柄をぎゅっと握り締めた。クシェも真剣な顔をして、決意を固めるように拳を作る。  私が裏切り者だと知った時、彼らはどんな反応をするのでしょうね。 「……もうすぐ国境を越えます。気を引き締めてくださいませ」  私たちの目の前には、鬱蒼と生い茂る深い森が広がっていた。
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