雪の思い出

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血色のよい唇から放たれる雲のような吐息が、舞い散る雪の流れに巻き込まれて流線を描き、遠くの風の中にきえてゆく。 しだいに輪郭を明瞭にしてゆくそれは、純白の雪で形作られた翼に違いなかった。僕はその神秘的な美しさに見とれて我を忘れていた。 みぞれさんは雪の中に一輪の笑みを咲かせてひとこと。 「チケット、ちゃんと役に立ったよ――」 僕はすべてを悟った。 ああ、どうして今まで気づかなかったんだろう。 「お姉さん――?」 「うん、そうだよ。神様はたしかにきみの願いを叶えてくれた。わたしに希望を与えてくれたんだ」 胸が震えて、熱い涙がとめどなくあふれてくる。けれど彼女の姿を目に焼き付けたくて、ひたすら涙をぬぐい続ける。 同じ目線になって、はじめて気づかされた。お姉さんは子供の僕が思うような大人の女性なんかじゃなくて、不安と絶望に苛まされた、かよわいひとりの少女だったのだと。 「名前だったら憶えていたのに。――雨宮英子さん、だよね」 「うん。でも向こうの世界には、現世の名前を半分しか持っていけないから名乗れなかったんだ」 ああ、そうだったのか。『みぞれ』は漢字で『霙』。僕に名探偵の推理力があれば気づけたはずなのに。   「それで、お姉さんの願いごとって……」 「同級生とスキーに行きたかったんだ」 やりたかったけれど、病気のせいでやれなかったことのひとつがそれだったのか。 彼女は「楽しくてちょっとはしゃぎすぎちゃったけどね」と付け加え、恥ずかしそうに肩をすくめてみせた。今ではそんなわざとらしいしぐさですら、たまらなくいとおしい。 ツッコミどころ満載の彼女は、この限られた時間を全力で謳歌していた。僕も無視なんかせず、突っ込みまくればよかった。 「でもがっかりだなぁ。きみが無気力男子になっているなんて」 「ごめんなさい……」 素直に謝ると、みぞれさんは白い息を吐き、遠くに視線を送って笑顔を浮かべた。ああ、たしかに僕の記憶に眠る、彼女の優しげな笑顔だ。
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