初恋

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★ 小学4年生の時、ひと月ほど小児科病院に入院していた。血液の成分が急に減ってしまう病気で、難病の一種だと聞かされた。 無機質な病室で点滴に縛られて自由を奪われ、ぼんやりと窓の外を眺めるしかない毎日。両親は感染症の蔓延のせいであまり見舞いに来られないし、病院で友達ができるわけでもない。 中途半端に気遣いを覚えた年頃だったせいで、親には「ひとりでもだいじょうぶだよ」と強がっていた。けれど本当はさみしさに耐えかねて、消灯の後に声を殺して泣いていた。誰にも気づかれないと思っていた。 けれどひとりだけ、僕の気持ちに気づいた人がいた。 ある夜、人の気配を感じて布団の隙間からあたりをうかがう。若い女の人が心配そうな顔で廊下から僕の様子を覗き込んでいた。看護師さんではなかった。 目が合うと、人差し指を唇の前に立てて手招きをする。「内緒でおいで」という意味らしい。 僕は(いざな)われるままに起き出した。袖で涙を拭き、彼女が伸ばした手を握りしめる。手のひらのやわらかさとあたたかさに安心感を覚えた。彼女は黙って手を引き、病棟の廊下にあるラウンジに僕を連れていった。 その日は朝から雪が降っていて、夜にはあたり一面が様変わりしていた。街灯に淡く輝く雪の世界は幻想的で、もしかしたら僕はこれから天国に連れて行かれるんじゃないかと思ったくらいだ。おそるおそるお姉さんの顔を見上げる。 お姉さんはただ、窓枠に描かれた雪の世界を眺めていた。大人びたその横顔は僕の視線を釘付けにした。僕は勇気を出してお姉さんに尋ねる。 ――なんでぼくを連れてきたの? ――雪を見せたかったから。せっかくの銀世界なのに、泣いていたら景色が見られないじゃない。
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