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お姉さんは黙って僕の肩をたぐり寄せて寝かせ、頭を自分の膝の上に乗せた。なかば無理やりそうしてくれたので、恥ずかしいからと抵抗することはできなかった。包み込むような人肌のやわらかさに、失われた心の温度を取り戻してゆく。
――ここにいたら看護師さんに怒られちゃうんじゃない?
――いいのよ、怒られても。
――なんで?
――だって、きみが泣き止んだじゃない。誰かの涙が乾くなら、怒られるくらい、たいしたことないよ。
僕はいつのまにか自分の涙が乾いていることに気づいた。お姉さんはやわらかく微笑んで僕の知らない雪の歌を口ずさんだ。澄んだ綺麗な声だった。
膝のぬくもりを頬に感じながら、優しく頭を撫でてもらう。気持ちが落ち着き、僕はまどろみに落ちていった。
その日から、たびたびお姉さんと顔を合わせることになった。最高の話し相手を手に入れた僕の毎日は鮮やかに彩られた。
お姉さんは「大きくなったら挑戦したいことってある?」と僕に尋ねた。僕は「海賊王になる!」とか「熱気球で世界を旅する!」とか、「空に浮かぶ島を目指して冒険をする!」と答えたけれど、どれも本当に挑戦したいことではなかった。
「それって人生がいくつあっても足りないね。でも、挑戦できることはいっぱいした方がいいよ。神様は夢を持つ子供の願いを叶えてくれるっていうから」
お姉さんは僕の背中を押すように笑ってくれた。叶えたい願いがあるから、僕にもそう聞くのかなと、なんとなく想像した。
でも、「勉強はしっかりやっておかないと、後になって困るからね」と助言された。だから僕は「世の中の漢字をぜんぶ覚えるよ」と、無謀な約束を交わした。
お姉さんの名前は、『雨宮英子』という。病室に掲げられたネームプレートで僕は知った。
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