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雪の思い出
★
空は暗雲がたれ込め、雪が降り始めた。雪は次第に勢いを増し、まわりの人の姿すら掻き消してしまうほどに強まっていた。雪の牢獄のような隔絶された空間に閉じ込められたようだ。
リフトの上で押し黙ったままの僕を見かね、みぞれさんが話しかけてきた。
「わたしって変な名前だと思っているでしょ」
無視するのも悪いと思い、目を合わせずに答える。
「ご名答。でも馬鹿にしているわけじゃない」
「じゃあ、『みぞれ』って漢字でどう書くかわかる?」
「漢字? ……うーん、覚えてないよ」
「そっかぁ」
うろ覚えだったのでやり過ごすと、みぞれさんは残念そうに首をもたげた。
「それくらいの漢字、覚えてほしかったなぁ」
「はぁ?」
お姉さんには漢字を覚えると言ったが、みぞれさんに非難される筋合いはない。
「みんないつかは死んで、記憶だって消えるんだ。それなのに努力する意味が僕にはわからないよ」
反抗的に言うと、みぞれさんは憂いた瞳で僕の顔を見つめた。
「きみに見てほしいものがあるんだ。いい?」
手袋を外して胸元のポケットファスナーを開く。取り出した指先に挟まれているものは、しわのついた紙切れだった。
およそ正方形の小さな紙切れにつたない文字が書かれている。差し出されたので読んでみる。
そこに書かれていたのは――。
『お願いチケット』
間違いなく、幼い僕の筆跡だった。
「これって――」
記憶の奥にある、お姉さんに渡したチケットの『半券』だ。思わず息を飲む。
その瞬間、雪の粒子がみぞれさんの背中で不思議な渦を巻いて舞い散った。風を受け止める何かが、彼女の背中にはあったのだ。想像できるものはひとつしかなかった。
――まさか!
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