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40.悪の宰相
「このままだと我が一族は滅びかねん」
祖父が物騒な事を言いだしました。
一体何があったというのでしょう?
こちらは別の意味で大変だったというのに。
王宮にいるはずの祖父が何故、領内にいるのでしょう?
「父上、いきなり何ですか?」
「王太子殿下が何やら画策しているのだ」
「何の画策です?」
「無論、儂を今の地位から引きずり下ろすことじゃ」
不穏な事を言っています。
宰相である祖父を引きずり下ろすとはどういう事ですか?
祖父から詳しく話を聞くと、先代国王から今までずっと「宰相位」であった祖父が国の実権を握っていたというのです。従順であった先代国王と現国王は兎も角、王太子殿下はそうではなく、祖父からの権力奪還を目論んでいると言う話でした。
「それは、おじい様が悪いのでは?」
つい、話の横やりを入れてしまったのは仕方ありません。
それほどまでに祖父はやりたい放題したい放題に政治を動かしてきたのです。私にとっては優しい祖父ですが、これは身内贔屓でも擁護できない程の有様でした。何処の独裁者ですか!
「何を言うんじゃ!儂が陰に日向に支えてきたから奴らは『名君』と讃えられておるのじゃ!感謝され、恨まれる筋合いはないわ!!」
本気ですか?
本気で言ってるんですね。
「疚しい事はそれこそ数え切れん程にやってきたが、それは全て国のためじゃ。私利私欲に走った事は一度もない! 政治は綺麗ごとではできん」
祖父の言い分にも一理あります。
私も数は少ないものの国王陛下にお会いした事がありますから。穏やかで優しそうな方でした。
「それで父上、どうなさるんですか? 恐らく、ヤルコポル伯爵家は王太子殿下に付きますよ?」
「分かっておる。奴め、あれほど目を掛けてやっていたというのに……王太子に尻尾を振りおって……」
「ヴィランの事がありますからね。どの道、父上の元で今まで通りとはいきませんよ。他の者が許さないでしょうからね」
「ああ。あれの三男があそこまで愚かだとは思わんかった」
「王太子殿下は優秀と聞きます。既に父上の悪事の証拠を握っているのでは?」
それは不味いです。
祖父である宰相だけでなく私達公爵家の者が連座になる恐れがあります。
「心配するな。あんな温室育ちの若造に尻尾を掴まれるマネはせんわ。王太子が握っている証拠は全て偽物じゃ。幾ら優秀とはいえ、人を信じすぎるのはよくないの。こちらの策にまんまと引っかかってくれたわ。ふぉふぉふぉ」
意地悪く嗤う祖父は正に“悪の宰相”そのもの。
王太子殿下が祖父を嫌う理由が何となく分かりました。王太子殿下にとって祖父は王家に巣くう魔物同然なのでしょう。祖父から王家の威信を取り戻したいと願いながら一生懸命画策を練っていたというのに、それさえも祖父の手の内の中。笑い話にもなりません。
「じゃが、王太子の背後に敵対力がいるのも確かじゃ」
「まだ……いたんですか? 殆どは既に力を失い没落しているはずでは?」
「王太子には愛妾がおる。侍女上がりのな。どうやら、その女が王太子に色々と助言しているようなのじゃ」
「たかが愛妾の言葉を真に受けますか?」
「調べたら面白い事が分かったぞ。愛妾は、ハミルトン侯爵家所縁の者じゃった」
「何ですって!?」
お父様が酷く驚いていますけど……誰ですか?
ハミルトン侯爵家など聞いた事もありません。
「お父様、ハミルトン侯爵家は貴族名簿に載っていません。どこの誰なのですか?」
ここは素直に聞くのが一番です。
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