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青い海と空とオンボロ船
航空券の通り飛行機に乗り、ついたところは赤道付近、暑かった。
燦々と日は照りつけ、空はとても青く広い。
あまりの日差しの強さに、適当に買った麦わら帽子を頭に被ったが、長く引き籠もっていた身には酷く堪えた。
空港から出て、メモの通りの場所の名前を訛りの強い英語を喋るタクシーの運転手に言うと、港で降ろされた。
「お客さん、どこ行きなさるかねえ?船がうまく見つかるとええねえ」
別れ際不吉な挨拶をされて、メモをよく見ると、こう書いてあった。
港に出たらマウマウ島に行ってくれる船を探せ。運が良ければそこから2時間くらいだ。
ああ、ザッカ大先生ご親切にどうも!
あまりの暑さに、素朴というかなんというか木でてきた桟橋の上に麦わら帽子で顔を覆ってひっくり返った。
すると、少しして誰かに足で突付かれた。
「若いの!そんなとこで寝腐ってると、干からびるぞ」
見ると、土地の人間らしい浅黒い肌のモジャモジャ頭のおっさんが、ニカニカ笑って、英語で声をかけてきた。
「どっか行くのか?どこの島へ行きたい?」
「おっさんマウマウ島に行ってくれる船知らないかい?」
「はあ?マウマウ…やめとけ、何にもないぞ?ダイビングショップもない。遊ぶならもっと別な島に…」
「マウマウ島に行きたいんだ。友達がいるんでね」
「なんだそうか。若いの、運が良い。ワシの船の通り道だ」
おっさんはトオルを引き起こすと、元気に意気揚揚歩いていく。
乗り心地の良さそうな船がたくさんあった。
おっさんは全部通り越して、嬉しそうにこれが自分の船だと指さした。
モーターはついているが……小さくてボロだ。
果たして自分はツイているのかどうか心配になりながらおっさんに促されるまま船にトオルが乗り込むと、おっさんはエンジンスターターの紐をグイグイ引っ張った。
咳き込むようなちょっと心配な音をたててエンジンがかかる。
「マウマウ島は良い島だが、神様のお造りになったまんまでよう、なあんも無いぞ?」
トオルは、タオルで流れてくる汗を拭いながら肩をすくめた。
「友達がこいって言ったんだ。飯くらい食わせてくれるさ」
「まあ、皆行きたいところへいくさな」
船は波に揺れた。物凄く揺れた。
船は半分漁網でいっぱいで、漁網からは生臭い匂いが漂って来る。
空はどこまでも青く、海もどこまでも青く、日差しは強く、風は暑い。
トオルは、段々気分が悪くなってきた。
暫くして、おっさんが島影を指さした。
「マウマウ島だ。」
それからおっさんはぴたんと額を叩くと
「やれ!しまった、船着き場と反対の場所だ!ちょっと待て」
「いや、いいよ、あそこの砂浜でおろしてくれるか?」
もうこれ以上このオンボロ小舟の上にいたら、絶対吐く。慌ててトオルは頼んだ。
するとおっさんは、真面目な顔で水面をにらみながら頷いた。
しかしそこからかひどかった。
島の周りは海中の地形が複雑で、下手すると船底を引っ掛けるらしい。
家に帰れはカカアと二人の息子が居ること、自分が英語を話せるのは、昔アメリカ人の恋人がいたからで、そりゃあ情熱的な恋人だったことを機関銃のように喋りながら、ゆら、ゆら、と船を操って右に左に。
トオルは、我慢できなくなって、まだ浜辺より少し遠いところで、「もう降りる!」と叫んだ。
「そうか?船酔いか?」
おっさんは笑いながら船を入江よりずいぶん奥で止めてくれた。
ザブンと海に飛び込むと腰ぐらいの深さだった。水の感触が心地良い。
トオルはナップザックを漁って、手持ちの米ドル札を数枚出した。
「ありがとう、これ…」
おっさんは鼻で笑った。
「取っとけ若いの!ワシ、今日はたくさん魚売ったから」
「おっさんヤニ吸うか?」
「ああ、やるよ、カカアには内緒だ」
「じゃあこれ…」
トオルは、まだ開けていない煙草のパックをおっさんに渡した。
おっさんは世界最強の米ドル札は笑ったが、パックを見るとニヤッと笑って受け取った。
「ありがとよ」
それから、また船のエンジンのスターターをグイグイ引っ張った。
「やれ!動けやい!」
トオルは、砂浜、真っ白い砂浜まで海水をかき分けて歩いた。
身体が鉛のように重い。
頭がクラクラする。
今にも吐きそうだ。
でも、こんな綺麗な透き通った海水にぶちまけるのは嫌だった。
段々水底が浅くなり始めると、体がもっと重くなった。浮力がトオルを手放したのだ。
とにかく砂の上に行こうと、必死で体を動かした。
やっと、足がしっかり砂を踏みしめた。
ゼイゼイ言いながら、砂の上を足を取られながら歩いた。
やがて砂が乾いて熱くなる頃、クラリと足から力が抜けて、その場に膝まづいた。
もうダメだった。
真っ白いきれいな砂の上に盛大にろくでもない胃の中身をぶちまけながら、涙か出てきた。
ああ、俺、まだ泣けるんだとふっと思うと、とてつもない開放感がやってきた。
暫く苦しかったが、泣きながら吐いた。
誰も居ない白い砂浜で、思う存分吐いて泣いた。
体の中の悪いものも全部出ていったらしい。
吐き気が収まると涙も収まった。
そして、砂浜のそばにヤシの木陰があるのが目に入った。
木陰は気持ちよさそうだった。
申し訳程度に砂で自分の吐瀉物を覆って、四つん這いのまま木陰を目指した。
ワラワラと視界に黒い点が湧いて、気分も最悪だったが、なんとか、木陰にたどり着いた。
トオルは、木陰にたどり着くとすぐ寝転んだ。
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