波の音、風の音

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波の音、風の音

椰子の木陰の砂の上にコロンと横たわって、トオルは、大きくため息をついた。 もう足の小指一本も動かす気力もなく。 ナップザックも手荷物も砂浜まで海の中を歩いていたら皆濡れてしまった。 知らない島の小さな砂浜。 誰も居ない。 俺これからどうなるんだろう?と考えて、少し笑えてきた。 どうなるかわからないままここまで来てしまった。これからもどうにかなるさ。 本当にどうにかなるのか?と自問自答した。 ジョン·ザッカ大先生のお誘いに乗ったら、絵を描くのが楽しくなくなったじゃないか。 それでもノコノコ大先生のお誘いに乗っかっちまった。 いや、見たかったんだ、今日食う魚のことしか心配事がない世界ってやつを。 絵を描くのが楽しくなくなったのは…悔しいが自分のせいだ。珍しいパーティーや有名人とも会ったが、それに夢中になりすぎて、本当に大切な人達を置いてけぼりにしただろう? チヤホヤされるのが気持ちよくて。 ずっと絵を描く為に自由でいたくてそう生きてきたのに、終いには面白いこと楽しいことの合間にせかせか絵を描いていただろ? 絵が暇つぶしになってはダメだったろう? 絵が売れるようになって新しい世界をたくさん観たが、自分がなんのために描いてるか、お前忘れっちまったろう。 だからこんな船でしか来れないちっぽけな島で誰も居ないビーチで、ゲロ吐いて、ベソかいて、へたばってるわけだ。 ああ、もうどうにでもなれだ。 そう決めたら体からどんどん力が抜けてきた。 じっとしていると、心地よかった。 目を閉じた。 耳を澄ます。 ビーチだから波の音がする。 風の音もする。 椰子の葉が風に揺れる葉擦れの音もする。 その全部のリズムを、延々続く波の音が支配しているような気がした。 海は沢山の生命をあやして来ただけあって、凄腕だ。 あのクソみたいな自分の部屋に篭っていた時は不眠症に悩んだもんだったが、トオルは眠くなってきた。 ああ、俺、海に寝かしつけられてる… 砂を踏む気配がして、目を開けると、トオルと同じ東洋系の顔をした若い女が表情の読めない目でトオルをのぞき込んでいた。 え? 何だ? トオルが驚いている間に、女は立ち上がると、そのまま椰子の林の中へ立ち去ってしまった。 海から上がってきたばかりのように大量の水を滴らせて。ほっそりしているが、腹部だけ大きく膨らんでいる。 あのコ妊婦か?海から? 考えているそばから意識が朦朧としてきて、トオルはまた目を閉じた。
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