ジョン·ザッカ

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ジョン·ザッカ

次に目を覚ました時、簡素なハンモックに寝ていた。 驚いてあたりを見回すと、外はもう暗く、四方八方からざわざわと大勢の人の気配がした。 どうも、何処かの小屋の中に寝ているようだ。 小屋は、低い壁でプライバシーが保たれている以外、風通しも良く、簡素ながら清潔。 天井まで壁が覆っていないから、窓はない。 横を見ると、ジョン·ザッカがいた。 力の抜けきったニカニカ笑いをしながら、独特の深い声でのんびり声をかけてきた。 「目が覚めて良かったな。お前熱中症になって倒れていたんだぞ。村の人が運良くお前を見つけて、俺達に知らせてくれたから、ここに運び込んだんだ。どうだ?気分は?」 トオルは答えようとして、舌が倍に膨れた感覚がしてうまく話せない事に気がついた。 やっと、小さな声で弱々しく「体中力が入らねえ」と答えた。 ジョンは頷くと、しみじみトオルに言った。 「お前あれからずっと引きこもってたろ。体がヤワになっている時にいきなりこんな暑いところへきたから、へばってたのさ。良くきたな、偉いぞ」 「今日食う魚のことしか心配事がない天国ってのを見てみたくなったんだ。アンタのために来たんじゃない」 ジョンはただニカニカしながら、横たわるトオルの肩を叩いた。 「何でも良いさ。お前がヤサを出てマウマウ島に来たってだけで、俺は嬉しいよ」 ジョンの言葉に、少し心が熱くなったが、飲み込んだ。 がやがやいう人の気配が、一段と強くなった。トオルは、警戒深く身をすくめて、外を見た。 小屋の周りに人が集まっているようだ。 「皆村の人達だよ。島に客が来て珍しいんだ。皆お前をここに運び込む時手伝ってくれたんだぞ」 ジョンが話している間に、小屋におばちゃんが入ってきた。手にお盆を持っていて、その上にペットボトルが一本、それから、何やら赤い怪しげな液体が入ったグラスが一つ、載っている。 おばちゃんはスタスタこっちにやって来ると、何やら島の言葉でトオルにいって、怪しげなグラスを突き出してきた。飲めということらしい。怯えてジョンを見ると、ニカニカ笑ってうなづかれた。 「味の保証はしないが、まあ、マウマウ島のエナジードリンクみたいなもんだ。飲めよ」 トオルはよろよろ体を起こすと、おばちゃんからそっとグラスを受け取って、一口飲んでみた。 人間が飲んではいけない感じの味がした。すると子供をあやすような口調でおばちゃんがなにか言い、トオルにもっと飲めと促してきた。トオルは意を決して一気に飲み干した。涙目になる。 おばちゃんもジョンも、笑い出した。 おばちゃんがペットボトルを差し出してくる。 「椰子のジュースだよ。のどが渇いたろう?飲めよ」 ジョンが言った。急いでペットボトルを手に取るとごくごく飲んだ。 「もう寝ろ」 ジョンがトオルに手を貸して横たわらせながら言った。 それから数日、トオルは寝込んだ。 あのおばちゃんか毎日クソまずい「マウマウ島のエナジードリンク」と、水か椰子ジュースの入ったペットボトルを持ってきて、時に迫力でもって飲めと言ってきた。 おっかなかったので言うことを聞いた。 トイレは小屋の外にあるので、ジョンが手を貸してくれながら通った。トイレに行くたび、体が弱っていることを実感した。 アート界の大物と目され、いつもなら洗練された出で立ちでいるジョン·ザッカは、実に見事に現地人化していた。 毎日ひざ上でぶった切ったジーンズにヨレヨレのランニング、日に焼けて、笑い方だけでなく服装も力の抜けきった感じになり、髪の毛はボサボサ、無精髭は伸び放題。 聞けば毎日着たなりで海で泳いでいるらしい。 この島の村の人は、トオルが上陸した浜辺の反対側に皆住んでいて、殆ど漁師だそうだ。 だれかかしか、トオルがどうしているか小屋を覗きに来て、眠っているトオルを見て帰っていった。 日暮れには、目をキラキラさせた小学生ぐらいのチビが、壁越しに覗きに来ていることがある。 トオルは、面倒だなと、無視したが、内心面白かった。 おばちゃんの名前はファナ。ジョンが教えてくれた。ファナおばちゃんは、もう孫も何人かいる年頃で、生え抜きでこの島で生きてきて、肝っ玉母ちゃんという感じだった。 ジョンの親戚だという。 トオルは驚いた。 この島の素朴な暮らしを外から見て「天国」と呼ぶなら容易い。 けれど内実は、冷蔵庫もろくにない、自然に頼り切った苛烈な暮らしだ。 それを知っていて「天国」と呼ぶなら、よほどの覚悟がいる。 洗練されたジョン·ザッカしか知らなかったトオルは驚いた。 そして、思惑が何かしらないが乗ってやるものかと決意した。
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