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ジョンの言葉
村人達は本当にトオルが珍しいのだろう、大人も子供も皆トオルの前に来て、トオルと話したがった。
トオルが島の言葉をわからないのもお構いなしになにか言ってくる。
最初はジョンの通訳で話していたが、トオルはそのうち疲れてきて席を立って広場とは反対の場所に一人で立った。
知らない人に囲まれるのは、それがどんなに友好的でもまだ怖い。
潮風がザアザア吹いて、海の波の音がひっきりなしに聞こえる。
もう夕暮れもたけなわで、真っ赤な太陽が半分海に沈みかけていた。
砂の地面にビール瓶片手に座り込んでぼんやりしていたら、隣にジョンが来た。
「調子はどうだ?」
「くたびれた」
「そうか」
トオルは、ビールを一口してからずっと聞きたかった事をションに聞いた。
「なあ、何で俺にそんなに構うんだ?皆俺が潰れたと思ってるのに?」
ジョンの顔からニカニカ笑いが消えた。遠くを見ながら、いつものアート界の大立者の口調で答える。
「お前の絵は凄いからだ。正直お前みたいな子供がそのまま育ったような青二才とは関わりたくなかったさ。だけどな、お前の絵は凄いと思ったんだ。また、描けよ」
「……俺絵の具なんざもってこなかったぜ」
「安心しろ俺が一揃い持ってる。描きたくなったらいつでもどうぞ」
「………」
トオルは、黙ってビールを飲んだ。
もう、誰かに期待されるのは真っ平だと思っていた。けれどこんなに真っ直ぐ自分の絵は凄いと言われると、それにすがりたくなる。
だが、相手はジョン·ザッカだ。すがったらまた、あの、理由もわからないメチャクチャな日々が待っているかもしれない。
それが怖かった。
絵を描くのが楽しくなくなって苦しかった。だがもう自分の満足いく絵は描けなかった。
ジョンがまたニカニカ笑いを浮かべた。
「明日からお前も海で泳ぐぞ。そのなまくらな体から海の精霊にろくでもない考えを綺麗にしてもらってこいよ。気持ちいいぞ」
「げ、俺はビーチでのんびり日焼けしてるよ」
「トバァク酋長も言ってたろ、それやるんだったら島にいてもいいって」
「エエエ」
トオルはガクックリうなだれた。
海に真っ赤な夕日が沈む頃、村人らしい何人かが海から波を縫って島に上がってきた。
トオルは首を傾げた。
海から直接?
船はどうしたんだ?
宴会に参加している村人の中から、海から上がってきた村人に駆け寄っていく人影があった。
その中に、トオルは待っ直ぐな髪の毛をした東洋系の妊婦をみたように思った。
薄暗いので、よく見えなかったが。
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