海 カナ

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海 カナ

歓迎式の翌朝、ジョンが日の出と共にトオルを起こした。 眠たい目を開けてトオルはノロノロ起き上がった。 「海に行くぞ!」 ジョンはニカニカ笑いながら寝ぼけたトオルをせきたてる。ぼやきをブツブツ言いながらトオルは自分だけ水中メガネをつけてジョンについて行った。 ジョンは着の身着のまま、何も装備をつけない。 昨日宴会をした砂浜の広場を抜け、波の打ち寄せる砂浜から直接海に入る。 朝から日差しが眩しい。 今日も暑くなりそうだ。 「最初は、まあ、浸かるだけで良いさ、俺はあそこの岩まで泳いでくるから」 あそこの岩というのが、結構沖にあった。腰ぐらいの深さまで来るとそう言うなり、ジョンはするりとうねる海水に頭から潜り込んだ。 「朝っぱらから何だよう」 ブツブツぼやきながら、トオルは、波に浮いて両足を砂地から離した。 海水の冷たくもない温くもない感触が心地良い。上手くバランスを取って波に浮いて揺られていると気持ちよかった。 トプントプンと、海が揺れる。 水底が見えるくらい透き通った海。 たまに小さな魚の群れがサッと通り過ぎる。 砂浜では、村人たちが漁に出るのか船を忙しく出していた。 チビたちが我先に海に飛び込んでこっちに泳いでくる。 あっという間に、トオルの周りはチビだらけになった。器用に頭だけ水面から出して、チビたちは島の言葉で話しかけてくる。 皆ニカニカ笑って。 そのうち一人がヒョッと潜るとトオルの腹になにか置いた。ナマコだ。 一人がやり始めると皆真似して次々トオルの腹の上にナマコを置き始めた。 「ははは!なんだよ~」 トオルが笑い声を上げると、チビたちも喜んでますますニカニカ笑った。 トオルの腹の上にのたのたのたくるナマコが大量に積まれる頃、ひと泳ぎしたジョンか海から顔を出して、チビに囲まれているトオルの有り様を見て笑った。 ジョンとトオルが海から上がると、チビたちもついてきた。 そのまま寝泊まりしている小屋にも入ってきそうだったが、ジョンに叱られてみんな海へ戻っていった。 「朝飯にしよう」 ジョンが言うと、タイミング良くファナおばちゃんが現れて、蒸し焼きにしたヤムイモと大皿に大きな魚のグリルが盛られた料理を持ってきてくれた。 「いただきます」 ファナおばちゃんにトオルが日本語で言うと、ファナおばちゃんがニカニカ笑った。そして、思いがけず日本語で返してきた。 「メシアガレ」 「なあ、ジョン、この島に日本人の若い妊婦っているか?」 「ああ、カナだろう。島の男と結婚して所帯をこの島で持ってるよ。お前が倒れているのを知らせてくれたのもカナだ」 (あのコ、夢じゃなかったんだ…) トオルは不思議な気分がした。 早い朝食を済ませ腹もくちくなって、トオルはハンモックにだらしなく寝転んで、タバコをふかしながらウトウトした。 今朝はただプカプカ海で浮いていただけなのに、案外疲れてもいた。 ウトウトしていると、しばらくして、小屋にトバァク酋長が入ってきた。 同じく隣のハンモックで寝転んでいたジョンはさっと起き上がって、二人は何やら話していたが、すぐジョンが、トオルを起こした。 「酋長が、これからカナのところへ行こうってさ。助けてくれたお礼をしろって言ってる」 「あー…うん…」 少し照れくさいのもあって、トオルは曖昧にうなづくと、ハンモックを出た。 カナの住む家は、そんなに離れていなかった。 トオルが寝泊まりしている小屋と似たりよったりの小屋だった。 トバァク酋長が声を掛けると、小柄なほっそりした東洋系の若い妊婦が、ゆったりした足取りで出てきた。 美人ではないが、何処か妖精じみた雰囲気の女性だった。 日に焼けて、丸い大きな膨らんだ腹に大事そうに手を置いている。 トバァク酋長と少し話してから、あの表情の読めない目でトオルを見つめた。 トオルは、カナが自分を警戒しているのを感じた。 その警戒心をときたくて、トオルは日本語でカナに話しかけた。 「俺を見つけてくれて有り難う」 「偶然だったのよ。通りすがりにあなたを見つけただけ。ジョンから貴方がもうすぐ来るって聞いてたから、多分そうだろうと思って、皆に知らせたの」 カナは真っ直ぐトオルを表情の読めない目で見つめながら日本語で答えた。 この島に来てから、あけっぴろげなニカニカ笑いで歓迎されてきたので、カナの警戒丸出しの対応は、少し刺さった。 カナはそっと呟くように言った。 「ここは何にもないところよ。観光気分できたなら、すぐ帰って」 そして、きびすを返すと、小屋の中に入ってしまった。 トバァク酋長が、ニカニカ笑いでトオルに片言の英語で聞いてきた。 「トオル、サンクスしたか?」 「そうなんだけど…カナは嬉しくなかったみたいです」 「いや、多分もうすぐ出産だから気が立ってるのかもしれないぞ。気にするな」 ジョンもニカニカ笑いながらトオルの肩をぽんと叩いた。
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