そして、赤と青は飛んでった

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 目が覚めた時、私は真っ白な部屋にいた。  今日は涼くんと遊園地デートの日だった。朝早くに起きて、おめかしして家を出た。早く着き過ぎて、30分くらいスマホをいじりながら待っていた。涼くんが30分遅れたので、待っていた時間はちょうど1時間になった。ちょうどキリの良い数字になったので、涼くんは天才なのかもしれない。  そうして合流した私と涼くんは、最寄りの駅から遊園地への送迎バスに乗っていたはずだ。なのにどうして、こんな奇妙な部屋にいるのか。 「涼くん……?」  目を擦りながら、一緒にいたはずの恋人の名前を呼ぶ。視線を彷徨わせると、遠くに涼くんが倒れているのが見えた。 「涼くん!?」  私は涼くんに駆け寄る。しかし、透明な壁に阻まれて近寄れない。分厚い透明の壁が、白い空間を二つの部屋に仕切っている。 「涼くん!」  ドンドンと壁を叩くと、涼くんは瞼を開けた。ゆっくりと身体を起こし、周囲を見渡している。 「涼くん、ここどこなの?」 「……知らないよ」  涼くんは釈然としない顔で言うと、こちらに視線を向けた。私を見て、それから、私と涼くんの間にある「何か」を見た。  二つの部屋の間、白い空間の中央には、もう一つ、小さな空間があった。そこには上から、赤い紐と青い紐が垂れ下がっている。上を見ると、私の部屋の上空に赤い風船が、涼くんの部屋の上空に青い風船が浮かんでいる。赤い紐は赤い風船に、青い紐は青い風船に繋がっているようだった。  小空間には一部、切り取られたように穴が空いている。そこから手が差し込めるようになっていた。 「……なんだこれ」  涼くんが呟くと同時に、唐突に音楽が流れ始めた。軽快な曲だ。ちょうど、テーマパークで流れているような。タイミングを図ったように、それぞれの部屋の壁に設置されたモニターの画面がつく。  モニターには、一人のピエロが映っていた。派手なメイクによって吊り上げられた口角と、目の下に大きく描かれた涙がチグハグだ。ピエロは大袈裟な身振りで両手を高く上げた。  パチパチパチパチ。  乾いた拍手が反響する。 『おめでとうございます!! あなた方は、今回のゲームの参加者に選ばれました!!』  デスゲーム、という言葉が、一瞬にして脳裏に浮かぶ。ボイスチェンジャーで変えられた、勘に触る高い声だった。 『ゲームの内容はカンタン、真ん中にある二つの紐から、一つを選んで引っ張るだけです! ええ、それですそれ、赤い紐と青い紐です。ご覧の通り、赤い紐は赤い風船に、青い紐は青い風船に繋がっています』  ピエロの、ひょうきんな口調が不気味だった。 『その紐を引っ張るとーー』  一転して、口調が変わる。 『風船が破裂して、そこから毒ガスが噴き出します。猛毒です。その部屋にいる者は、一分足らずで死んでしまうでしょう』  ピエロは厳かに告げた。 『このゲームでは、あなた方2人のどちらかに死んでいただきます。どちらかが死ぬまで、この部屋からは永遠に出られません』  しん、と一瞬降りた沈黙の間に、私の頭を一つのものが駆け抜けた。  ピエロはまたパァッと明るく笑って、楽しげに謳う。 『でも大丈夫、ご安心を! どちらか片方が死ねば、もう片方は生き残れます! 無事にここを出て、お家に帰れます! さあ、愛し合う恋人達よ! 存分に話し合ってください! そして決めてください!  赤い風船か、青い風船か!  どちらが死に、どちらが生き残るのかを!』  両手を大きく広げ、ピエロは高らかにゲーム開始の宣誓をした。  瞬間、沈黙が降りる。でもそれは、緊張感を伴った沈黙ではなかった。ピエロが喋るのをやめたから訪れた、ただの沈黙だった。  ピエロは「あれ?」という顔をして首を傾げた。私達の間に波風が立たないのを訝っているようだった。このピエロは、私達の醜い争いが見たいんだろう。互いが我先に生き残ろうともがき、人間の本性を露わにする、そんな展開を。  変なの、と私は笑みをこぼす。  死ぬのなんて、私に決まっているのに。
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