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シャンタさん
東京は多摩の外れ。駅から少し歩いたところにある古びた三階建ての小さなビルが、私の勤める「夢と希望の道具箱社」の社屋だった。社員数はアルバイトを合わせて20名。業務は、幼児用の玩具や学習教材の開発。
以前勤めていたテレビ用の小道具を作る会社が経営難に陥り、25歳にしてリストラされた私はほどなくこの会社に中途採用してもらうことになった。所属は製品開発部。試用期間から始まり、ここにお世話になってもう一年数か月が経とうとしていた。
二階にある製品開発部のデスクに座って私はその時、工作用紙を折り曲げて子供たちが自作する玩具「ぴょんぴょんウッサー」の試作品を作っていた。ウサギの脚の部分をホチキスで仮留めしようとしたのだけれど。
「あ。切れてたか」
「どうしたの?奈々さん」
声をかけてくれたのは、私の前の席の大先輩、妙子さん。
「ホチキスの芯です」
「ああ」
妙子さん、自分のデスクの引き出しからホチキスの芯の箱を出すと、そこから一つ取って私に渡してくれた。
「ありがとうございます。すみません」
「ごめんね。ホントなら箱ごと上げたいところだけど」
「いえいえ。そんな」
「明日。楽しみね」
今日はクリスマスイブ。
私は一年前のイブの夜とクリスマスの朝のことを思い出していた。
*
一年前のクリスマスイブの午前。
まだ試用期間中の私はあてがわれた自分のデスクで、工作用紙を使った自作玩具「びっくりかめさん」の試作品を作っていた。材料は工作用紙。道具は、鉛筆、定規、ハサミ、カッター、セロハンテープ、ホチキス、輪ゴム。それらで机をいっぱいにしながら、私は「びっくりかめさん」の首が飛び出る仕掛けに夢中になっていた。
私は、ホチキスで「びっくりかめさん」の首周りを仮留めした。
かしゃ
その音に対する遠くからの視線に気づく。ホチキスを使うと視線を感じるのはちょっと前に気付いていた。白髪頭の山田部長だ。私は山田部長を見た。山田部長はそれに対してにこやかに笑みを返してくれる。
訳が分からないながらも、かまわず私は、ホチキスで仮留めした部位をセロハンテープで補強した。
びびびびび
その音に対し、今度は視線を近くから感じる。セロハンテープを使うと視線を感じるのはちょっと前から気付いていた。斜め前のデスクで私と同年代の木村さんだ。私が木村さんを見ると、彼ははっとして、でもすぐ笑顔になってこちらに手を振ると話しかけてきた。
「あの、奈々さん。あ。奈々さんって呼んでいいですか?小森さんの方がいい?」
「あ。奈々でいいです。なんでしょう」
「今日のお昼休みなんだけど、飾りつけ、一緒にやりませんか?」
「飾りつけ?」
「今日はだってクリスマスイブでしょ。今晩は、シャンタさんが来る」
変なところで訛る木村さんだ。どこの出身だろう。
サンタさんって。本気で言ってるのだろうか?子供か。
「飾りつけ。それは構いませんけど、もうすでにありませんか?あそこ」
私は、部長席近くの壁の高いところにある神棚を指さした。
「ほら。小さなクリスマスツリーにご飯が備えてある」
「まあ。そうなんだけどね。もっと盛大に」
かくして私は、昼休みに木村さんと製品開発部の飾りつけをしたのだけれど、驚いたのは翌日の朝だった。
いつものように出勤してきた私は、各々リボンのついた巨大な紙の袋を抱えて涙を流している社員たちに出くわしたのだ。
「シャンタさん、ありがとう!」
「ありがとう!シャンタさん!」
山田部長も、木村さんも、妙子さんも、他の製品開発部の社員も、営業部の社員も総務部の社員も、みんな一様にうれし涙を流しながら、サンタへの感謝を述べている。
「奈々さん。サンタじゃないよ。シャンタ」
「あ。妙子さん」
「今年もありがたいプレゼントが」
「何をもらったんですか?」
妙子さんは涙をぬぐいながら袋のリボンを外した。中に入っていたのは大量のセロテープ、ガムテープ、ホチキスの芯、糊、鉛筆、ボールペン、マジック、ペーパークリップ。それらはすべて業務で使う消耗品だ。
「自腹切ってた時期が長かったからね、みんな」
「そんな」
仕事に使う文具は普通に会社からの支給品じゃないのか?私が今まで使ってたのは、他の社員が自腹で買っていたもの?山田部長のホチキスの芯、木村さんのセロテープ。それらがみんな。
でも、こんなことはあり得ない。年に一度のクリスマスに文房具を与える会社って。しかも、それに対して泣きながら感謝を口にする社員って。
私はここを辞めようと思った。これはやばい。危ない。
そんなことを考えながら唖然として立ちすくむ私の所に、山田部長が涙をハンカチで拭きながらやって来たのだった。
「小森さん。混乱しているのはわかります」
「はい。これは、一体」
「試用期間は今日をもっておしまいです。これからは正規の社員。私たちの仲間です。つきましては、とりあえず明日から」
「あの。いえ」
いつの間にか私の周りでは、製品開発部の社員が邪気のない爽やかな笑みをたたえてこちらを見ていた。
私は辞めることが言い出せなくなった。
そして、その日から正月をまたぐ二週間、私は山奥の社員研修所に缶詰にされ、みっちり社員教育を施されたのだった。
*
そんな日を思い出しながらこの会社に入って迎えた二度目のクリスマスの朝。
出社した私は、自分のデスクの前に置かれたリボンのついた真っ赤な袋の前で、涙が止まらなくなっていた。私は袋を両手で抱えると天井を仰いで叫んだのだった。
「ありがとう!ありがとう!社ンタさん!」
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