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人名が書かれたリストが責任者である私のところに送られてきた。今度船で運ばれてくる人たちだ。受け入れる側も人数制限があるため、いちおう間違いがないかチェックしなければならない。
そのリストの中に知った名前があった。
私の手が止まる。
いろんな思いが頭の中をよぎった。
私はスタッフに声をかけた。
「ねえ、ひとりチェンジしてくれる?」
「え?今からですか」
「うん。この男性。この人はまだダメよ。まだ早いから」
その名前を見てスタッフの動きも止まった。
「ああ…お気持ちはわかりますが、逆にお会いできて嬉しいじゃないですか。これからは一緒に暮らせるんですよ」
「ダメよ…彼にはもっと頑張って欲しいの…病気?」
「事故です。車に撥ねられて…」
「奇跡的に一命をとりとめたということにして」
「…わかりました。まあ、待っている方はいくらでもいるので…ではこの男性は送り帰します」
こうして私のわがままな一存でひとりの男性が船から降ろされ、元いた場所へ帰された。
今頃病院では死を告げられた人間が息を吹き返すという出来事に大騒ぎになっているかもしれない。
そもそも私は若い頃から不治の病におかされ、余命いくばくもないと宣告されていた。それでも知り合った彼はほんとうに私のことを愛してくれて、ちゃんと籍も入れてくれた。病院の一部屋を借りて挙げた結婚式はとてもいい思い出になった。
そして結婚した翌年、私は息を引き取った。
いわゆる死後の世界で私は、今度は迎える側に立つことになった。事務的な作業の手伝いから始まり、今では責任者となったのだ。
実在する三途の川を渡るための船には一度に乗れる人数制限があり、毎日送られてくるリストを管理している。定員超えで待ってもらうことはあったが、彼には当分の間、そう、何年も、何十年も船に乗せるわけにはいかない。
奇跡的に息を吹き返した彼に私の思いが伝わるだろうか。伝わらなくてもいいと思う。
夢の中へ入って行って話をしてもいいけれど、今はまだやめておくことにした。
THE END
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