1.始まりの春

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 ……と思っていたが、やはりそこは違う意味で裏切られてしまう。着いた店の前で、目を見開き彼を見上げた。 「あ、あの。ここ、なかなか予約が取れないイタリアンレストランで有名……なんですが」 「そうなのか? 部下の名前だしたらすぐ予約取れたぞ?」  彼は飄々と答えると、ダークウッド調のシックな扉に向かい、それを開けた。 「どうぞ」    当たり前のようにエスコートされるのは、久しぶりかも知れない。日本に戻ってきたばかりのときは、そうされないことに戸惑ったのを思い出す。 「ありがとうございます」  先に扉に入り先に進む。背後でサービススタッフに名前を告げる、彼の声が聞こえた。 「いらっしゃいませ。雪代様、竹篠様。お席へご案内いたします」  恭しくお辞儀をするスタッフに促され、そのあとに続く。  落ち着いた雰囲気の店内は、テーブルの間隔がゆったりとってあり席数も少ない。まだ少し早い時間だからか満席ではないが、すぐに埋まるだろう。何しろ、祖父でさえ予約が難しいと言っていた人気店なのだから。  案内された席は、フロアではなく、奥にある個室だった。窓の外には小さなプライベートガーデンがあり、春の花が風に揺れていた。  そして彼は炭酸水、私はスパークリングワインで乾杯し、ディナーは始まった。
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