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プロローグ
「賭けは……君の負けだな。恵舞」
艶やかな笑みを浮かべた彼は、そう言うと私の頰に指を滑らせて顎を持ち上げた。天井を見上げるかのように持ち上げられた顔は、こうでもしないと彼に向くことができない。彼とはおそらく、三十センチ近く身長差があるはずなのだから。
その彼は、戸惑い狼狽える私の瞳を覗き込む。近くで見ると琥珀のような美しい瞳の色。そして下ろされている艶やかなの黒髪が、近づく度に揺れていた。
「じゃあ……。約束通り、唇はもらうよ?」
彼は不敵な笑みを浮かべながら、切れ長の二重の瞳を細める。と同時に、その薄い唇からはククッと小さく息が漏れた。
「まっ、待ってください! 竹篠さん!」
彼の胸に両手を当ててストップをかけると、それに応じて彼は動作を止めた。ただしそれは、自分の唇までほんの数センチの距離だ。
「依澄と呼べって言ったよな?」
まだ触れていない唇を、彼の熱い吐息が撫でる。それが艶めかしい感覚を呼び覚まし、背中にぞくりと這った。
「い、依澄さん。本当に……するんですか?」
普通に話せばそれだけで唇が触れてしまいそうで、囁くように尋ねる。
「当たり前だろう? 俺は勝負に勝ったんだから」
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