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ティアレの静かな心と手を繋ぐように、きっちりとリズム通りにゆったりと打ち寄せる波。水面にはきらきらと陽の光が揺らめき、暖かで心地よい風が吹くと、白い砂や小さな貝殻たちが嬉しそうに、ころころと戯れる。
ティアレの瞳は、この大空と海の、どこまでも澄みきった青を見つめ続けたせいで、同じ色をしていた。
砂浜に素足をつけて歩くと、さららとティアレの足にきめ細かな砂がかぶさってこそばゆい。波打ち際まで来ると、小さな友達を見つけて小さくしゃがんだ。ティアレはそのか細い指で、一歩一歩懸命に歩く蟹をそっと摘まみ上げ、もう片方のてのひらに乗せた。
「きみも、この穏やかな海が好き?」
蟹は何も答えない。警戒したのか怒ったのか、あるいは喜んだか気づいていないのか。何を考えているかもわからない。風に吹かれた髪を払って、ティアレはそっと、彼を砂浜に戻してやった。
「そうよね。いってらっしゃい」
蟹は何も答えない。波が染み込んでいく砂の上を、小さな足を懸命に動かして、もくもくと歩んでいく。
ティアレは膝を抱えて丸くなり、風に吹かれた髪を払いながら、彼を見つめた。
やがて、進んだ先に、仲間達がいた。
ティアレは蟹にすがるのをやめて、ぺたんとお尻をつけ、きっちりと打ち寄せる波を、水面の光を、空と風を、見つめた。ただただ、見つめた。
何度か、何隻かの監視船が通るのを眺めた。やがて日が傾き、沈んでいく。空は鮮やかなオレンジと濃い青に変わった。ティアレは、あの太陽が見えなくなると、空がだんだんと真っ暗に変わり、月と星が一層輝くことを知っている。もう何百回と見てきたから。
空が真っ暗になっても、暖かで穏やかな風はほとんど変わらなかった。波のリズムもずっと同じ。
ティアレは立ち上がり、砂浜を戻った。さららと素足に絡まる砂がこそばゆい。ほんの少しだけ、砂が冷たくなっている。ティアレの足が、一歩一歩と砂を踏んでも、砂がさららとすぐに流れて、ティアレの足跡を埋めてしまった。
砂浜の終わりにある、古い、小さな家に戻る。
真っ暗で誰もいない、小さな家。
ティアレが歩くと、ギシギシと床がないた。古びたキッチンには、アップルが二個転がっているけれど、ティアレは食べる気分にならなかった。
居間に垂れ下がるランプを付けて、ぺたんと座り、ぼんやりと部屋を眺めた。はっきりとした輪郭のない景色。ただぼんやりとそうしているうちに、小さな棚の中で「見つけて」と言わんばかりに突き出た一冊の本が、ティアレの青い瞳にくっきりと映った。
ティアレはのっそりと膝をついて四つん這いで本に向かう。
取り出してみると、硬い表紙には、見たことのない、花のような絵。
ガラスみたいに透き通っていて、白いとも青いともいえる、何とも美しい花。
花びらは幾何学模様のようにきちんとした形で、その精密さに心を奪われてしまう花。
きっとこれが本の題名なのだろうけれど、ティアレの知らない言語で書かれている。
「……グランマの本かしら……?」
ティアレは軽く埃をはたいて、そっとページをめくった。
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