第一幕 リラと王子 8.魔法使いの弟子

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第一幕 リラと王子 8.魔法使いの弟子

 フロレスタン国はすっかり荒廃してしまったが、城の外見はまだ往時の美しいさまをとどめている。押し入ろうとする賊や兵士に何度打ち壊されても、リラは魔法で城を修復した。連日の鴉の嫌がらせにもせっせと対抗しているその様子は、この十五年絶えてなかった――いや、これまで生きてきた長い年月を考えてもずっとないくらい、勤勉な働きぶりだった。  もちろんこれまでの人生のあいだ、リラは怠けていたわけではない。フロレスタン国の(今はいなくなってしまった)王や民もふくめ、彼を知る人々はむしろ逆だというだろう。リラが魔法で成し遂げたことは実にたくさんあり、それは並みの人間、いや並みの魔法使いには簡単にできないことだった。  だが、これまでのリラが本当に「勤勉」だったかというと、そんなこともなかった。  というのも、彼は享楽主義者で、自分の関心と欲望に忠実な男だったからだ。どれだけ人々に求められても自分が興味を持てないことに、リラはけっして魔法の力を使うことはなかった。人々が感謝した魔道具作成にしたところで、自分が興味をもち、楽しいからこそやるのである。  そんなリラがいちばん嫌ったのは、無益なくりかえしと消耗戦を求められることだった。それはまさに今のフロレスタン国が置かれているような状況である。  つまりこれまでのリラなら、とっくにフロレスタン国を見捨ててもおかしくなかったのだ。ところが彼はまだこの城にいる。青白い月の光が回廊に射しこむ、誰もいない城に。  リラは西の塔の前に立った。  魔法で隠された扉の中に、彼の姿は吸いこまれるように消える。つぎの瞬間、リラのブーツはぶあつい絨毯を踏んだ。すぐそばで暖炉が音を立てて燃えていた。西の塔には窓がなかった。吊り下げられたいくつものランプの光がリラの影を絨毯におとしている。壁は書架で覆われ、部屋の中央には羽毛布団に覆われた大きなベッドが置かれている。 「ご主人様、お帰りなさい」  リラのほかに生きている者は誰もいないはずの場所で、何者かの声が響いた。リラはさっとあたりをみまわした。手が空をつかもうとするかのように動く。 「ロラ? どこだ?」 「どこにいると思います?」  どこからかクスクス笑いが広がる。リラは顎をあげ、ゆれるランプの炎をみつめて、パチリと指を鳴らした。きゃっという声がして、上から影がふってきたと思うと、羽毛布団のまんなかに大きなくぼみができた。 「いったい何をしていた? ロラ」 「この塔の壁がどのくらい高いのかを調べようと思って、登っていました」  リラはベッドに歩みよった。 「ロラ、私は勉強するよう命令したはずだ」 「ここにある魔導書は全部読みおわりました」 「それなのに壁に登らなくても高さを調べる魔法は習得しなかったのか?」 「だって、ご主人様がいないから退屈していたんです」  リラは腕を組んでベッドを見下ろした。深い菫色に煙る眸がリラをみつめる。桜色の唇が不満そうにきゅっとひきしぼられ、絹糸のような黒い髪がさらりとシーツに流れる。  ベッドの上にいるのは白鳥のような肢体をもつ若者だった。もはや少年の年頃はすぎているが、さりとて青年ともいいがたい、今まさに移ろいゆこうとする時のただなかにある体がベッドの上に横たわる。その顔立ちはどんな花にたとえても足りないほどに美しい。 「ご主人様、どうして毎日、こんな時間まで戻ってこないんですか?」  疲労でかたくこわばっていたリラの頬がわずかに緩む。魔法使いはベッドに腰をおろし、両腕を投げ出した。 「私は忙しいのだ、ロラ。この城のために日々、むなしく魔力を費やしている」 「僕が一度もみたことのないお城のために」 「何をいう。おまえも城の中にいるのだぞ、ロラ」  若者はむくりと起き上がった。 「でも、僕はこの塔から出られません。ご主人様の魔導書を読んで、僕はたくさんの魔法を学んだ。でもこの塔の中で使える魔法はほんのすこしです」 「その通りだ、ロラ。私の魔力がこの塔を満たしているからな」 「だから僕は、ご主人様をこんなに疲れさせている城がほんとうにあるのか、確かめることもできない」 「ああ、そうだな」  リラの肘に若者の指がそっと触れた。リラは小さくため息をつき、ブーツを脱ぐと若者に向きなおった。若者はリラの胸に顔をおしつけ、小さな声でつぶやいた。 「ご主人様、僕はまだ外に出られないのですか? 僕はご主人様が作った人形です。ご主人様は以前、僕が未完成だから外に出てはいけないといいました。まだ僕はそうなのですか?」  リラの目がかすかに細められた。 「ロラ。人形の分際で、いったい何を望むというのだ? おまえは魔法使いリラの弟子。私のものだ。これで満足しないというのか?」  若者の顔があがり、菫色の眸がまたリラをみつめた。 「まさか。僕はご主人様の弟子で、ご主人様のものです。ご命令を」 「今のおまえがすべきことは、私を慰めることだ」  菫色の眸をかこむ長い睫毛がそっと伏せられる。 「はい。ご主人様」  さて、もしここにフロレスタン国の民がいたとしたら。それはもう心底驚いたにちがいない。何に? ロラと呼ばれた若者の美しい顔がオーロラ王子そっくりだということに。  とはいえ百年の眠りについたオーロラ王子より、ロラはすこし成長した姿だった。彼こそ、魔法使いリラが真夜中の西の塔で続けてきた秘密の研究の成果なのだった。その研究とは生きた人間そっくりの外見で、人間そっくりに話しふるまう自動人形、オートマタをつくることだった。  何年もの歳月をかけて完成したオートマタをリラは「ロラ」と名付けた。ロラが完成したのはオーロラ王子の十五歳の誕生日である。オーロラ王子の完璧な美貌をもち、リラの好みの年頃で、リラの魔法の精髄をこめられているがゆえに魔法を学び使うこともできる完璧な弟子、それがロラだった。  リラはロラを抱く腕を解いたが、ロラはまだリラの膝の上にいる。うつむいてみずから服を脱ぐ所作にぎこちなさはみじんもない。胴着の紐をほどき、薄い絹の肌着をはだけた下にあらわれた白磁の肌はなめらかで、擦り傷ひとつなかった。股間を覆う小さな下着だけになったロラを膝にかかえ、リラは手のひらで淡い薔薇色の乳首をかすめる。最初は左を、つぎに右を。  ロラの肩がぴくりとはね、手がそっとリラの襟にのびた。弟子が魔法使いの胴着を脱がせているあいだも、リラの指はランプの光にさらされたロラの乳首を弄っていた。ほんのりとぬくもりを帯びた人形の肌は、リラの手のひらが動くたびにかすかな薔薇色を帯びはじめる。  リラはじっとロラの顔をみつめていた。オーロラ王子そっくりの唇がかすかにひらき、吐息をもらす。かすかにうるんだ菫色の眸は欲望の昏いかげりをおび、まぶたのふちはほのかな紅色に染まっている。ロラは容赦ない愛撫に耐えながらリラの上半身をあらわにした。その瞬間、リラは激しくロラを抱き寄せ、その唇を奪った。  さしこんだ舌で柔らかな愛撫を続け、クチュクチュ、と水音を響かせる。ロラもリラが教えたとおりに舌でこたえ、そのあいだもリラに胸をこするようにおしつける。やっと唇が離れると、ロラはすばやく手を動かして残りのリラの着衣を解き、リラの股間で猛々しく頭をもたげる雄をむきだしにした。リラが王侯のように枕にもたれると、ロラはうつぶせになって肘をつき、リラの雄を口にふくんだ。  口いっぱいに雄を咥えて、淫靡な水音とともに黒髪が揺れる。リラは腰を動かし、ロラの喉に自分自身を突き立てるように動かした。ロラの美しい眉は苦しそうに寄ったが、リラはロラの髪をつかみ、もっと激しく腰を動かす。熱い粘膜のなかで追い上げられる快感を存分に楽しみながらロラの髪を撫でる。苦しげな目尻からひとすじこぼれた涙は人間そっくり――リラが望むオーロラ王子そのままで、この表情をみるだけでもリラの心は深い満足でいっぱいになるのだった。 「……あぁっ」  まだ堅いままの雄が引き抜かれると、ロラは小さな声をあげた。 「ご主人様、申し訳ありませ――」  言葉の途中でロラの肩をつかみ、乱暴に下穿きをひきおろす。人形のこの部分を作ることにリラはどれほどの労力をかけたことか。濃い薔薇色をした可愛らしい雄はリラと同様に上を向いている。仰向けにして両足を開かせ、さらに奥のつぼみを指でさぐると、そこはしっとりと潤いた。そのように作られているのだ。リラの指をしめつけながら、さぐるたびにさらに濡れそぼって、内部の襞がひくひくとうごめく。 「あっ……ご主人……さま……あっ、ああっ」  リラはロラの小さな尻におのれ自身をおしあてる。濡れてひくひくうごめくロラのつぼみは最初こそリラの堅い雄に抵抗したが、それも最初の狭い輪を通り抜けるまでだった。ぴったりと吸いつくような熱い襞に迎え入れられてリラがさらに腰をすすめると、ロラの喉からはすすり泣くような声がこぼれた。 「……あっ、はぁ、あっ、あんっ、あんっ……」  ロラの白い頬は薔薇色にそまり、黒髪はしどけなくひろがって、唇からはあえぎとともに唾液が零れる。リラが奥を突くたびに喉がのけぞって、リラの腹の下で勃ちあがった雄はたらたらとしずくをこぼしている。片手で乳首を弄ったとたん悲鳴のような高い声があがる。 「もっと啼け。啼きなさい――」  王子。そうはけっして呼ばなかった。いま抱いているのはロラ、自分が作った人形だということをリラは片時も忘れたことはない。どれほど精巧にできていても、これはオーロラ王子ではない。しかしこうしてオーロラ王子そっくりの顔がおのれの肉棒を受け入れ、快楽にあえぐさまをみていると、魔法使いの心の奥底に長年とぐろを巻いている昏い欲望はたしかに満たされるのだった。  だからこそ、このオートマタをリラはひた隠しにしてきたのだ。ロラが最終的に今の姿と能力を持って完成したのはかの悲劇が起きた日だったが、それよりずっと前からリラは夜ごと、オーロラ王子の顔をした人形をこんな風に奉仕させ、王国の至宝をわがものにしていることにほの暗い喜びを覚えていた。それは今も変わらない。  オートマタのロラの体内には、リラが分け与えた魔法の力が潜んでいる。ロラはリラと同じようにほとんど眠らずにいることができたが、激しく交わった直後はすこしだけ眠りについた。時刻は真夜中をすぎている。 (ご主人様、どうして毎日、こんな時間まで戻ってこないんですか?)  ふとさっきのロラの言葉が頭に浮かび、リラは自問した。  私はいつまでこんな日々を続けるつもりなのか?  どうして私はここに留まっている? どうしてはかない人間の城を護ろうとしている?  しかし問いかけるまでもなかったのだ。リラがこの城を離れたくないのはオーロラ王子のためだった。  リラは裸のままベッドを離れ、塔の中にとどまったまま、意識を城の外へ向けた。カラボスの使い魔、鴉たちは昼も夜も城のまわりを取り囲み、嫌がらせのチャンスを狙っている。おかげでリラは彼らの気配を昼も夜も探し、用心するようになっていた。  ところが今は城の周囲に一羽の鴉もいない。ロラを相手に快楽にふけっていたあいだ、リラは城を護ることにまったく注意を払わなかったというのに。  そう思ったとき、リラはこの城をずっと護るためのヒントを得たのである。  使い魔の鴉はリラの敵意に反応してあらわれる。それは城に財宝があるという噂を聞きつけ、ここを占領しようとする盗賊や他国の兵士に対して生まれるもので、鴉はその匂いを嗅ぎとるのだ。撃退しようとするから鴉があらわれ、消耗戦が長引く。  それなら逆に迎え入れればいいのでは?  リラはまたベッドに戻った。どんな魔法を使えばこの策がうまくいくか、じっくりと考えを練り上げていく。 「ご主人様?」  ロラが目を覚ました時、リラの新たな計画はもうはじまっていた。
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