雪の中で一人

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雪の中で一人

 雪がちらちらと舞う二月。閑散とした駅、発車間際の電車。都会に出る男、地元に残る女。何てありふれたシチュエーションだろう、とぼんやりとした頭で考えていた。  目の前に居る男は無口だ。ずっと前から、出会った時からそう。彼は私の目をじっと見つめた。お前、何か言うことはないんか。そんな言葉を視線に乗せてくる。亭主関白の鑑だ。  それに私は答えない。……そうやって何もかもを察して先回りした言動を取る生活は、もうこれ以上続くことはない。彼の東京行きは天の采配だとさえ思えた。これ以上私が、彼がダメにならないための。  何も言わない私に痺れを切らしたのか、彼はとりとめもない言葉を発する。 「東京はもう暖かかろう」 「ここよりはね」  口から滑り出た言葉は思っていたよりも素っ気ない響きを伴った。彼も驚いたのだろう。目をまん丸くしていた。何より自分の声なのに、他人事のようにその冷たさに驚いた。  彼は何も言わない。何を言っても変わらないと思っているのだろう。いつもそうだ。私が怒っていても春が来れば雪が解けるように、じっと冬を耐え忍ぶ。  しかし今日ばかりは違った。彼の方から言葉を掛けることは少ない。今日はいつもより幾分饒舌だった。彼は、きっと私の決意に気付いている。それでも、言葉少なに心を留めようとする。  離れていくのは彼の方なのに。引き留めるなんて言葉は実に滑稽だ。 「お前、東京居ったろう。どんぐらいぬくい」  くぐもった声が聞こえる。ダメだ、ここで突き放さなければ。世間話程も話してしまうと、きっと私は彼を振り切れない。私はここで生きていかなければならない。  少し考えてから、短く答えた。 「一人で歩いていけるくらい」
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