ゆきにのこる

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「久し振りね。本当に君が夢を叶えちゃうなんて」  女の子は称号授与の式典が終わると戦士を追いかけた。その表情には幼いころの面影が存分にある。さっきまでの笑みもない冷たい印象とは違ってとても華やかなだ。  しかし、呼び止められた戦士のほうは懐かしい彼女の姿を見ても凛々しい顔を保って膝を付く。これは礼儀でそこに昔の雰囲気は残してない。あくまで仕えるものとしての立場を明らかにしている。 「これで、姫の願いも叶えられるのかと」  近衛兵とは王族を守るのが仕事。王の娘である女の子、つまりは姫君を守る役目も当然にある。言い方によれば彼の言葉も間違いなんてない。  しかし姫はその返答にブスッと頬を膨らませる。戦士の言葉が気に召さない様子。だけど彼女はよくある我儘姫様ではない。単に幼馴染に戻れなかったことに怒っていたのだ。  姫は戦士の腕を掴むと走り始めた。二人が幼馴染なのは城の者たちは重々承知。特に侍女たちはそのころからの付き合いなので心配はしてない。  戦士を連れたのは幼い頃に二人でよく遊んだ城の庭。兄弟のいない姫のために国で一番の戦士の息子を遊び相手となっていたのはもう昔の話。 「そんな言葉づかいを私は望んでいるんじゃない。昔みたいに話して。君とは、友達でしょ?」  どこまでも付いてきそうな侍女たちを腕を払って人払いをした姫は、戦士のことを本当に親しい人間にしか見せたことのない普段の表情で怒り睨んでいた。  その時の「友達」という言葉には少し迷いはあったが。 「昔のことです。子供の無礼をお許しください。私と姫ではお言葉を交わすのも申し訳ない間柄なのです」  当然のことのように戦士が話した。  実際この国の王は世襲。現国王には姫しか子供いないなると、その位は姫の元に受け継がれる。  例え国で一番の戦士と言えど、彼の位なんて一般市民の一つ上くらいで、姫と気軽に話せるのなんて貴族くらい。それ程にこの国は権力があり、周辺同盟国家まで含めると広い。  姫からするとそれはとても辛いことのようで一度顔を曇らせた。しかし、次に顔を挙げたときには決心をしている顔をしていたのだが「姫様!」と侍女が呼ぶ声が聞こえて、再び俯いてしまう。  侍女の言葉には戦士が返して、姫を連れ彼は丁重に彼女をお付きの者たちに引き渡す。侍女たちに部屋に戻されながらも姫は振り返り戦士のことを眺める。しかしそこで待っている人はずっと無礼のないように膝を付いて視線すら送ってくれない。  別に戦士の彼も昔のことを完全に忘れてしまった訳じゃない。今日久々に見た幼いときの印象を残した彼女の姿は懐かしく微笑ましい。身分の問題がなければ昔みたいに親しく話したかったというのは本当のことだ。  姫の姿がなくなって彼は昔遊んだ庭を一度眺めると「これで良いんだ」と自分に言い聞かせるためだけに呟く。  国家は平和とは言えない。周辺は同盟国だが、それが故戦争がある。彼が戦果を挙げられ出世した要因はそこにもあるのだが、危険は当然のこと。  王族でも戦争には当然参加する。師団長となれば戦線に出る王族の警護も役目。戦争には参加しない国王やそれこそ姫の近衛兵には貴族階級の兵士が担っている。部下にはなるのだが、彼はそんな安全なところにいられる身分でもない。  新たにそれまで脅威だった敵国の一つを滅ぼした。国家にとっては喜ばしい出来事だが、彼は喜びだけではなく苦しみも多い。  それでも一つの戦争が終わったということは国に戻れる。また彼には勲章の一つも増えるかもしれないのだが、今の彼は戻れることだけを喜んでいた。  国王から彼にもお褒めの言葉がある。今回はそんなに危ない戦いではなかった。彼自身出世したのもあり、危険な戦線からは離れたのも理由にある。それが良いことなのかはわからない。  当然国王と謁見する場には姫も同席している。全ての戦果の労いが終わると彼は王宮を離れようとするが、また姫に掴まる。 「今回の戦争の話を聞かせなさい。これは姫としての命令です」  ちょっと怖い言葉遣いで昔を知っている彼からしたら、その言葉は彼女にはとても似合わない。 「お聞かせするようなそんな楽しい話ではありませんので言わないくらいのほうが良いかと」  別に話せない訳じゃないのだが戦いなのだからどうしても人を殺すことになるので良いことではないのは確か。それでも彼女は普段の姫としては見せないふくれっ面になっている。 「じゃあ、どんな話ならできるの? 別に私も戦争の話が聞きたいんじゃなくて、君と話したいんだよ」  やはりもう姫としての話し方はなくなっている。彼女の思いはそんなところにあったのだろう。流石にこれは彼もため息をついてしまうが、普通の王族に対してならため息だって聞かせるべきじゃないのかもしれない。  彼は立ち上がると庭を更に進む。当然憮然としながらも彼女はそれを追う。  宮殿の庭はかなり広い。子供のころは良い遊び場で端まで歩いているだけでも暇つぶしにはなった。  そんな散歩を彼女は思い出してクスッと笑う。彼が昔のことを忘れてしまったのではないと、安心と喜びからの笑い。彼にも聞こえていたがだからと言え散歩をやめることはない。  二人はのんびりと歩いて、時にはカエルなんかを見つけて彼女はひと時の姫を忘れた時間を過ごしていた。 「今の私には姫にこのくらいのことしかできません。どうぞお許しを」  やがて今日も姫のことを侍女たちが探している姿が遠巻きに見えたので彼が答えた。やはり言葉は昔のあのころには戻ってない。  それでも彼女はちょっと普段よりは気分も良さそうに侍女たちが呼び叫び始めたのでそちらに向かう。  ちょっと嬉しそうに走っている彼女を、彼は名残惜しそうに眺めてるが、それは単に身分の上の人を眺める瞳とは違う。だけどそれは彼女には明かさないように、彼女の前では見せないようにしていた。喜ぶのかもしれないけれど、問題になることなのだろうからこのほうが良い。  一つの戦争が終わったからと言えまだ完全に平和と言うわけじゃない。今の国王になって、この国自体の領土も広がり従う同盟国もとても増えた。そうなると戦争が終わるということはなくなっている。どこかの遠い土地でも国の兵士が戦っている。まだまだ戦争は続いていて、彼の気の休まる時期ではない。  季節が一回りするころになると、その間も功績を重ねた彼は国王の執務室に呼ばれた。これまでそんなことなんてなかったのだが、それも出世したということなのだろう。
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