ゆきにのこる

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「師団長という立場になってからもう一年ほどになるな。このあたりで王宮勤務にならないか? 君を姫付きの近衛兵にと考えているのだが」  国王直々の言葉なので彼が断わる権利なんてものはない。ただイエスと答えるしかないのだが、この要望をした人物と言うのには彼は心当たりがある。  権力は高くて、特に国王も願いを簡単に聞いてしまう人物で、更に彼を望むのは、姫本人だろう。  粛々と彼は国王の命を聞いていると「あの子はもうすぐ同盟国の王子と婚約させる」なんて国王がふと話した。それは単なる呟きではなくて、対するけん制なのだろうと彼は察し頷いた。  取り合えずその場は間違いではなかったみたいで、王は朗らかな顔を保っている。この国王は強権で知られ国民だけでなく周辺国でも現在一番の権力を持ち逆らえる人はいない。そんな王が気分良さそうな表情ということは意向に沿っているんだろう。  執務室を離れると彼は少し考えながら歩く。ちょっと悩みどころなのでもある。姫に付いて護衛するのはかなりの高官で今まで貴族階級が担っていた。それは姫の父親に対する我儘を通したのだろう。国王とて子には甘いのだから理解はできるが困ったこと。 「聞いてる?」  今の考えの間も話しかけられている気がしていたけど急に強く語られて彼が驚いた。王の部屋を離れたら彼女が待っていて、ずっと嬉しそうに話をしていたが彼が気が付かないので耳元で話していたのだ。彼はそのくらい真剣に考えてたみたい。  驚いて振り向くと彼女の笑っている姿。基本的に今の話は世間話程度で聞いてなかったことを気にもしてないみたい。それにしても普段よりも彼女のニコニコが花咲いているので「これは姫様の願いだったんですよね?」と彼は自分が姫付きの近衛兵へとありえない出世をしたのを聞く。 「もちろん。これで君と話す時間が増える」  ルンルンとスキップをしていつもの庭のほうへ歩いている。その姿は普段着にしている姫という立場からはちょっと似合わない地味な恰好と相まって、とても権力があるとは思えないのは彼女の良いところなのだろう。今も庭に続く廊下を歩いていると、一般護衛兵が彼女に見惚れてる。一応上司になる近衛兵師団長の彼は咳払いをする。すると護衛兵は慌て姿勢を直していた。 「そうですね。お話相手くらいにはなれるのかと」  今までのかしこまった話し方とはちょっと違った。それに気が付いた姫はその立場も考えないで「へへへっ」っと嬉しそうに走って庭に出る。彼からしたら行く先なんてわかっているから慌てないで子供の頃からいっつも遊んでいた場所に歩く。  平和。どこかで戦争をしてようと国ではとても平和で特に宮殿ではのんびりとした時間しか流れてない。彼はもう随分久しぶりの安全な日々を過ごしていた。  これまでの人生危険は直ぐそばにあった。元々実力とそれなりの家柄もあったので、戦士となって一般兵とは違い戦場で戦うことになり、そこで危ない場面にも多々遭遇した。  この国の兵士である以上戦争はずっと続いているので、望めばいつでも戦場にいられる。そして彼はそれを望んでいた。優秀な戦士となりたいため、そして兵士になって会えなくなった姫にまた会えるようになるために頑張った。  努力と言うには少々違う気もすることだったが、彼は姫と会い平和な時間が過ごせるようになって、夢を叶えた。  夢として彼に幼少期に話した彼女のほうも今はそれが近づいている。望む人と今は一緒に居られる。残るは一つの約束事だけになるだろう。  季節が半分過ぎたころになると彼と彼女は当然話す機会は存分にあるので、その関係は昔に戻るように近づいていた。暇があったら雑談をして、それまでと違って彼も笑い合う。彼女に取っては至福の時間とも言えるが次の段階も考えている。  彼女の幼いころの夢。自分を彼に守ってもらう、と言うのは単純に護衛だけのことじゃない。公私共に。つまりは彼女は彼に人生の伴侶となってほしいと考えていた。
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