ゆきにのこる

4/5
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
「ちょっと、今日は重要な話をしようと思うんだけど」  いつものように彼女は庭に自分たちで用意したベンチに座ると、彼に告白をしようと話を切り出す。いつこんな話をしようかとずっと時期を考えていた。もしかしたら逆に彼から告白されるかもしれないという微かな願いを持って。  だけど、そんな彼女の願うことはなくて、今も雰囲気を察した彼は少し困った顔になっていた。しかし断ることはできないから「構いませんよ」とだけ返す。 「私は、子供の頃から貴方のことが好きなの。身分なんて関係ない。私は貴方と結婚したいと思ってる。どうかな? 私、おかしなことを話してるかな?」  十分に自分も疑問はあるみたいで、口調も普段とは違いかなり急いでいる。それは彼女が緊張している理由なんだろう。昔から癖でもある。  彼はやはりそうかという顔ををして、隣の不安そうな顔を眺める。とても美しい人。そんなことは昔っから知っている。ずっと好きだったのだから。だけどこの願いは叶わない。 「身分が許しません。私は貴方たちに仕えるものです。それに戦士です。姫様には合いません」 「そんなの気にしないし、私が貴方の身分なんて誰にも文句を言わせない。だから、お願い。それとも私のことは好きじゃない? そうならちゃんと話して」  彼女の言葉を聞いて彼はため息をはくとベンチから立ち上がって歩き始める。 「姫。貴方の身分なんて子供の頃は知りませんでした。それは昔のことを考えるとそれはもう失礼なことばかりで申し訳ない。でも、その身分も知らない女の子に恋をしてしまった。叶わないとわかっていても心は許さない。姫のことは愛しています。だから、これからも家臣として支えます」 「私は家臣なんて要らない。今の身分を捨てたって構わない。単なる町娘でも構わないから貴方と結婚したい。貴方が私のことを好いてくれるなら、お父様に話すから」  彼の言葉に喜んだ彼女は彼の手を取って語る。夢の叶う瞬間なのかもしれないのだから。  だけど、彼はまたため息をはいた。 「許されません。こんなことを話してはならなかったのかもしれません。お忘れ願います」 「忘れたくない! 私は貴方が好きなんだから! 貴方もそうだと願ってる」  彼女の声が大きくなる。庭の外れだけど、城の人間に聞こえないという確証はない。 「姫。謹んでください。私がどうかしていたんです。どうぞお忘れ願います」  彼が友人から家臣に戻って膝をついて話していたが「私はあきらめない」と彼女はまだ膨れてる。 「ダメなんだ。君はもう婚約することになってる」  怒っている彼女に顔を向ける彼は泣いていた。そしてもう子供の頃と同じような親しげ名話し方になっているけど、彼はこれが最後だと思っていた。  まだ彼女の聞かされてない事実を聞いて、彼女は顔を赤くして走り出した。恐らく王と話すだろうと思った彼は「王は聞きませんよ」と言うが彼女はいなくなった。  この国の王は強権で頑固知られている。周辺国家だけじゃなく、国内、家臣にまでも。王の考えを違えることなんて誰にもできない。娘だろうと。  正直なところ彼女が自分のことを話したら、状況は最悪な方向に進むかもしれないと彼は思っていた。王の思惑に従わないのならその障害を無くすだけ。戦士の命なんて王にとっては軽いものなんだ。  彼女は自分の夢を叶えるために走る。相手は限定的ながら想いは同じ。なら問題を解決したならこの夢は叶うだろう。  それに知らない合間に婚約することになっているなんて許せないと思っていた。  宮殿ではその日一つの親子喧嘩があった。だけど国で一番の権力の喧嘩なので一大事になる。単なる親子喧嘩ではなく、王と姫の喧嘩だ。  あくる日、もしかしたら自分の命が無くなるかもしれないと思いながらも彼は王に呼ばれ、執務室に向かう。もう自分の首が胴体と離れることは覚悟している部分もある。姫への告白はそのくらいの罪なのだとわかりながらも話してしまったのだから仕方がない。 「師団長。全ての任を解き流刑とする。剣を出しなさい」  王はかなり怒っていた。彼の姿を見た途端にそれだけを言うと、彼を睨みつけている。  身分のはく奪。それはかなり重い罰でもあるが、命にはかえられない。例え代々家に伝わる古代王から渡された剣を返しても命があるだけマシなのかもしれない。  彼は一言も話さない、近衛兵のマントと剣を王へと差し出した。すると王は「首を跳ねられなかっただけ良かったと思え」と言うが流刑である。  その流刑は国の北側にそびえる山脈に送られ、戻ることは許されない刑。戻ったものは当然居ない。これより北は未開地だからそこで生きているとは思えない。つまりは死罪と同等と言うことだ。  彼は部下だった近衛兵に取り囲まれた。流刑は時に逃げようとするものも居る。だからなのだが彼は「自分で向かいます」と兵の拘束を必要としなかった。 「待ちなさい。その者に話がある。これは命令だ従わない者には罰を与える」  流刑のためだけに作られた北門へは庭の横を通る。もちろんそこには姫が待っていた。彼女は強く話したが兵は驚くことも抵抗もなく二人から少し離れた。  彼と彼女は庭から見える北山脈を眺めて言葉を交わす。 「流刑になったよ。もう国民の立場もない。だから最後に好きな君と話せて嬉しいよ。ありがとう」  最後の言葉として彼は彼女に本心を残そうと思っていた。 「最後になるなんて思うなよ! 私はお父様を許さない」 「喧嘩はしないようにね」  優しく彼が話すと彼女は俯いたようにうなずき「北山脈の向こうには平和な村があるって」と人々の噂を話したが「夢物語だよ」と彼に否定された。しかし、彼女は彼に抱き着いて「二人で探そう」とだけ残して今は誰が見ているかもわからないから離れ。  彼は待っていた兵士のところに戻ると、刑を受ける為に北門に向かう。  季節は冬が近づいているからもうこの辺りもかなり寒いが、彼は十分な防寒着もなくローブだけをまとって目の前の山を眺める。すそ野まで雪で白く化粧されている。寒風が鳴り門が彼を残して閉じられる。  戻ることを許されない道を彼は進み始める。少し懐かしい風景を歩いて地獄へと近づく。人なんて居ないところへと進んだ。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!