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絶対に秘密だよ。
私ね、あなたと会ったことがあるの。
あら、知らなかった?
覚えてないの?あの日のこと。
…まあ、これだけ言ってもきっと伝わらないわね。
じゃあ、あの日のことを話してもいいかしら?
あなたが私を助けようとしてくれた、あの日のことを。
その日は、雨が酷かったわね。
あなたは知らなかっただろうけど、私はその日とても憂鬱な気分だったわ。
だから、気づかなかったのね。
近くに大型トラックが来ていたことを。
信号が青に変わって、傘がなかった私は早く帰りたくて走ったの。
そしたら、大きな音が聞こえて、目の前が真っ暗になったわ。
音がない世界で、唯一聞こえたの。
『危ないっ…』
その声が、私を守ってくれるような気がして。
私は強い衝撃にも動揺しなかった。
痛みすらも感じなかったわ。
でも不思議ね。
何も見えないわ。
ただ、音は聞こえたわ。
暗闇に包まれた中で、私を呼ぶ必死な声が聞こえたの。
私はなんで必死に叫んでいるのか、よくわからなかったわ。
やっと何も聞こえなくなったわ。
そう思ったらね。
目の前が急に明るくなったのよ。
そして、目の前には髭を生やしたお爺さんがいたの。
それがよく言う〝神様〟だっていうことは、なんとなくわかったの。
そして、神様がいるということは、私は死んでしまったのだということを。
私は神様にこう問われた。
『やり残したことはあるまいか』と。
私は咄嗟に思い浮かべた。
私を守ってくれた〝誰か〟の声を。
だから私、神様に言ったのよ。
『恩人に恩返しがしたい』ってね。
そしたら神様が頷いて。
私は深い穴に落ちたの。
目が覚めた時。
私は横断歩道の真ん中にいたわ。
その時。
あの時と同じように大型トラックが走ってきたの。
私は逃げようとしたけれど、うまく走れなくて。
諦めかけた、その時。
『危ないっ…』
あの時と同じ声。
私はあなたに抱きしめられていた。
幸い、トラックは気づいて止まってくれたわ。
そしてあなたは、私を家に連れて帰ってくれたの。
やがて私に〝キセキ〟と名前をつけたあなたは。
あの時助けようとしてくれた、私の恩人だったのね。
今は何もできないわ。
私にできることは、あなたのそばに寄り添うことだけ。
でもいつか。
私を二度も助けようとしてくれたあなたをに。
精一杯の恩返しがしたいの。
だからそれまで、
もう少しだけ、待っていて。
…なんて。
私がどんなに叫んでも、あなたには『わんわん』と鳴いてるようにしか聞こえないのよね。
だって私は…あなたに拾われた、犬なんだもの。
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