KHM153 / 序章 灰雪と銀狼のエピローグ

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【06】  アンナは呆然と座り込んだ。ルーという名の青年が光を振るった。そのときにはもう、流星のように尾を引く光は銀色に輝く長剣となり、放たれた銃弾を弾いている。  魔女の力だわ。アンナはぼんやりと思った。自分が見たからだ。彼の罪を暴いたから。魔女は誰かに罪を言い当てられて、初めて力を手にする。だから魔女は、常に二人一組なのだ。  けれどアンナの目は、あまりにも良すぎて、魔女の罪を全て暴いた挙げ句に、狂い殺してしまう。今までみんなそうだった。狩人の男もそうなりかかっている。けれどたぶん、ルーは違う。確信がある。根拠はないが、その確信は暖かかった。約束するといった時の彼の顔を思い出して、アンナはまた泣いた。泣き虫の自分が、本当に嫌いだ。  ルーが長剣で切り捨てれば、間近にあった猟銃が深緑の光になって消える。残った無数の銃が一斉に発砲音を響かせた。彼は微妙に体をずらしてかわし、ついでと言わんばかりに何発かを刃で撫でるようにして斬った。  どこまでも静かで、無駄がない。影のなかを歩む獣のように、身を低くして次々と猟銃に刃をあてる。深緑の光が散る。銃声が響くが、人影のない石床を削るばかりだ。  ルーが狩人に肉薄した。残った猟銃はやはり、〈王狼(おうろう)〉の青年を狙ったのだった。  だが、。  狩人が信じられないと言わんばかりの面持ちで呻く。 「どうして……」 「八が四に、四が二に、二が一に。斬ったものを半分にする。それが僕の魔女としての力だ」残る銃をすべて切り捨てて、ルーは男を見据えた。「当然、銃弾を切れば、弾数が半分になる。旧式アベルタ型回転式小銃(ライフル)なら、装填される銃弾は最大八発だから、それほど斬る必要もない」 「っ、ひ……」  長剣の柄が、狩人の後頭部を叩いた。掠れた悲鳴一つを残して、狩人の男が地面に倒れる。  ルーは滑らかな動作で剣をおろした。ちゃり、という金属同士が擦れる音がする。顔を蒼白にしたメレトスが、〈王狼(おうろう)〉の鍵を掲げようとしたらしい。だが、やはりというべきか、ルーの方が動きは早かった。  長剣を鳴らし、冷たい殺気を隠しもせずに警告する。 「失せろ」  青い顔をした婚約者が慌てたように階段をかけのぼっていく。足音が遠ざかって、聞こえなくなった。地下牢が急に静かになる。  安堵と疲れで、アンナは体の力を抜く。終わったんだわ。信じられない。地下牢のあちこちは銃弾でえぐられていて、気絶した狩人の男は地面に倒れたままだ。それでも、誰も死んでいないのだ。目を見てしまったのに、誰一人として死んでない。  彼のおかげだ。アンナはまじまじとルーの背中を見やる。長剣はいつの間にか消えていた。肩の傷からは鮮血がこぼれている。立ち姿はけれど、神々しかった。美しい夜明けの獣だ。荒々しいのに静かで、孤独であるのに守護者でもある。矛盾しているのに、少しもおかしくない。  でも、どこかに行ってしまいそうだわ。 「ルー、さま」不安に駆られたアンナは近づき、ためらいがちに名前を呼んだ。「あの、」  大丈夫かしらと尋ねる前に、ルーが振り返った。  アンナは凍りつく。灰をまぶした炎の瞳はガラス玉めいていて、感情がない。  夜の彼だ。
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