あれほど見ないでくださいと言ったのに

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あれほど見ないでくださいと言ったのに

 ガタン。  思わず後退った俺は、閉じてた校舎のドアにぶつかってしまった。 「誰?!」  金槌を振り上げた幸奈が、鋭い声で振り返った。  逃げ出す間もなく、陶芸室のドアがガラリと開いた。 「有村先生!?」  血走った目で俺を睨む。  手には、石のように固い粘土も粉砕する大金槌。  正体を見てしまった俺は、口封じに、重たい金槌で殴られるのだろう。 「あ。あ……」  恐怖で、言葉が出てこない。  乱れた髪の恐ろしい形相の幸奈が、すっかり腰を抜かして狼狽える俺を見すえた。 「見たのですね……私の本当の姿を」  金槌握る手がわなわなと震えた。  いよいよ俺の頭上に、金槌を振り下ろされる。 「ひぃ……っ!」  思わず腕で頭を抱え込んだ。  その矢先、ごとんと鈍い音がして幸奈の足元に金槌が転がった。 「な……に……?」  恐る恐る見上げると、幸奈の瞳にみるみる涙が溜まっていった。 「あれほど……」  やがてあふれ出した大粒の涙が、ポタポタと落ちて陶芸室と校舎を繋ぐ渡り廊下を濡らした。 「……あれほど見ないでくださいと言ったのに……!」  顔を覆ってすすり泣く彼女に、思わず 「あの、……ごめん」  謝っていた。 「好きな人に、こんな雄々しい姿見られるなんて」 (え? ……好きな人?)  見ると、カッチカチに固まった粘土が彼女の一撃で粉砕され、粉々になっていた。 (俺でも粉状にするには、かなり叩かないと無理なのに)  彼女は、俺をはるかに凌ぐ怪力の持ち主だったのだ。 「やだ、もう恥ずかしくて死んじゃう! 無理無理! 私、ここには居られません! 今日でやめます! 明日から来ません! さようなら!」  え?  もう来ない?
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