あれほど見ないでくださいと言ったのに

2/2
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
 唐突の退職願いに混乱した俺は、今にも駆け出してしまいそうな彼女の腕を掴んだ。  「待ってくれ! 俺も……」  好きになっちゃダメだと思っても、彼女の笑顔から目を離せなかった。  それが答えだったんだ。  泣く彼女の腕を引き、そのまま俺の胸の中に引き寄せた。 (どこにも消えて欲しくない)  その一心で。  陶芸室の周りの畑には、あの日のように雪がしんしんと降り積もっていた。 ◇◇◇ 「今度の土曜日、親父の11周忌で」 「そう、言ってましたね。命日はやっぱり、あの日なんですか?」 「あの日?」 「あ、……何でもないです」  またもや、変なごまかし。  俺は不審に思いながらも 「君も一緒に法事に出てくれないかな? その……母と祖母に紹介したいんだ」  と言うと、幸奈は 「嬉しい。もちろんです!」  僕に抱きついてきた。  陶芸室は暖房完備の校舎と違って寒い。  ひんやりした幸奈の指先が俺の首筋に当たった。 「こんなに冷えて……。いつもここで一生懸命仕事をしてくれてありがとう」  愛しい幸奈の手を取り、細い指に俺は婆ちゃんの持たせてくれた指輪を通した。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!