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母を許して
芙蓉は
私に顔立ちが似ているので、
夫の子どもであることを
誰も疑いません。
それでも
私には分かるのです。
他の兄弟達とは違う、
あの聡明さ。
奥ゆかしさ。
あれは、
まごうことなき
あの方のもの。
それでも…
女子であれば、
次女であれば
何も支障はないと思いました。
表に出ることなく、
ひっそりと、
平凡に生きてくれればいい。
いつしか、
私も芙蓉があの方の子であることを
意識しないようになりました。
でも…
夫は
知っていたのかもしれません。
だから、芙蓉を…
夫は、藩内の有力者のひとり
殿の御次男の生母の実家と
懇意にしていました。
長男の若君と一歳違いで
聡明な御次男の側女に
茜を差し出し、
いずれ、
若君を失脚させ
御次男を跡継ぎに…
そんな密約が
なされていたのかもしれません。
その企みが成就すれば
夫はその立役者として
出世するでありましょう。
しかし、
若君様が失脚すれば、
たとえ、お命は助かり
出家や謹慎の身となれば
芙蓉も
家に戻されるか
あるいは、
尼となるか…
いずれにせよ、
女子としての幸せは
もう、望めなくなりましょう。
それなのに
若君様のお側に上げるということは
あの子を危険にさらすこと。
気位が高く、
気性の激しい茜に比べ
芙蓉は気持ちの優しい娘です。
若君様が失脚させられ、
命は取られなくとも
出家や謹慎の身となれば
あの子は、
父親の代わりに責めを負って
自害するやもしれません。
夫は、
私への腹いせに、
あの子を見捨てる
おつもりだったのでしょうか。
🍀🍀🍀
結局、
私の案じた通りに
なってしまいました。
若君様に毒を盛る企みを
芙蓉が感づき
若君様のお口に入らぬよう
駄々をこねてそれを食し
毒を盛られた事を隠すため
足を滑らせて
池に落ちたふりをしたのです。
芙蓉は、
若君様も実家も守るため
ただひとり
犠牲となったのです。
若君様は失脚を免れ
何事もなかったように
芙蓉の代わりに
別の側女が上がりました。
芙蓉は
懐妊もしていなかったため
家臣として扱われ
実家でひっそりと
葬儀が行われたのでした。
ただ、
若君様だけは、
本当のことを
ご存知であられたようで
夫ではなく、
私宛に
内密の弔意のお言葉を
伝えて下さいました。
僅かな期間
お仕えしただけの側女でしたが
芙蓉は若君様をお慕いし
若君様も
それを愛でて下さっていたのでした。
ある日、
芙蓉の世話をしていた者から
「奥方様に内密にお会いしたい」
と言伝がありました。
芙蓉の墓参りに行くと家人に伝え、
1人だけ供を連れ、
菩提寺に行き
その者に会いました。
「芙蓉様は、
下の者にもお優しくて…
若君様とも睦まじく、
…実は…
ご懐妊されていたのかもしれません。
月の物が遅れていて、
お身体が怠いとおっしゃり、
食も進まないので、
あの翌日
薬師に診ていただく事に
なっておりました。
もう少し早くにしておれば
あのような事には、
ならずに済んだやもしれません。
若君様もご存知の事で、
大層なお哀しみで…」
夫は、だから事を早めたのだと
私は思いました。
芙蓉の懐妊が分からぬうちに、
芽は早く摘んでおかなければ、
子が出来たと分かれば、
芙蓉の身分が上がり
手出だしすることが難しくなる。
若君様の勢力も強くなる。
殿の御正室から
いまだ子が生まれぬ以上
庶長子の若君様が
嫡男となる可能性が高くなる。
そう考えたのでしょう。
でも、まさか…
芙蓉に気付かれ、
企みが阻まれるとは
思いもしなかったのでしょう。
可愛そうな、芙蓉。
お腹に、
お慕いする若君様の子が
いるかもしれぬのに…
我が身を犠牲にして…
芙蓉のあのひたむきさ、
一途に人を想う心は、
あの方そのもの。
私の一度の過ちが
あの子を死に
追いやってしまったのです。
でも、
そのことがなければ
あの子は生まれてこなかった。
なんという運命の皮肉でしょう。
芙蓉、ごめんなさい。
母を許して。
辛かったでしょう。
苦しかったでしょう。
私は死ぬまでひたすら
あなたの菩提を弔いながら
過ごします。
それでも、
母はあなたが少し羨ましい。
人生でたった一度の恋を貫いて、
お慕いする方のために
命さえ投げ出す。
私も、
そんな生き方を
してみたかったのかもしれません。
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