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雪猫の生き方
「では、あなたは最近生まれたばかりということですか」
「ええ·····まあ、そうなりますね。生活習慣とか言葉とかは分かるし、自分が雪猫という種族だと認識もできるんですけど。どうにも今まで自分がどう生きてきたか思い出せない。僕という存在は今誕生した、ということでいいんじゃないでしょうか」
私は、SNSで『雪猫』について知っているという人と実際に会い、カフェでお茶をしていた。アカウント名は「スノー」なのでそう読んでいる。ちなみに私は「せつにゃん」。彼の記憶がみんなから失われてしまったことへの、せめてもの反抗のつもりだ。なんでも、彼自身雪猫であるらしい。
私もさっき知ったのだが、雪猫は普段は人間の姿をしているが、雪に触れると猫になり、春になると元の人間の姿に戻るらしい。
「でも·····猫になると全てのことを忘れてしまって、春が来るともう何も覚えていないんです。自分が、以前はどこで何をしていたのか。何も思い出せないんです。何だか·····空っぽの気分ですよ」
そういうスノーさんの表情は、どこかスッキリして見えた。だから思わず尋ねてしまった。
「辛い·····ですか?」
口に出してしまった瞬間、しまったと思った。そんなの、辛くないはずがない。大切な人のことも、何もかも忘れてしまうなんて。
「いえいえ、そんな。むしろ便利なんです。雪猫って」
「え·····なんで、ですか?」
「だって、好きなときに人生をリセットできるんですよ。生きてられなくなるくらい辛いことがあれば、寒い地域に行って雪に当たればいい。今の生活を大事にしていたいならずっと暑いところで生活すればいい。ほんとにね、猫みたいに気まぐれに生きられる。何も背負わなくていいんです、雪猫は」
「·····」
私は、相槌すら打つことができなかった。
寒くもないのに、身体がブルブル震える。
だって、そしたら、刹那が冬になれば絶対に雪が降る、こんなところに引っ越してきたってことは。
「どれだけ、辛かったの」
猫にならなきゃいけないくらい、辛い、何かを抱えていたってことだったんだ。あのとき、なんでもない顔して、刹那は。
「なんで相談してくれなかったの·····」
だって、私、彼女なのに。もしかしたら、二人で相談したら、なにか解決したかもしれないのに。
でも今はきっと、私のことなんて忘れて、全部忘れて。新しい世界で、少し不安でも、楽しくやってるんだろうな。
そう思うと嬉しかった。でも悔しくもあった。二人で、ずっと支えあって生きていく選択肢だってあったはずなのに。なのに、なのに·····。
「せつにゃんさん·····」
スノーさんは、優しい人だった。独り言にも耳を傾けてくれていた。
「きっと、また会えます。あなたの彼氏さんは、この世界からいなくなったわけじゃない。この地球の、どこかにいます」
私は、ハッと顔を上げた。
「でも、刹那は私のこと覚えてない·····」
「大丈夫です」
心臓に直接響くような、強い言葉だった。
「例え彼が何も覚えていなくても、きっと彼は変わっていません。絶対、大丈夫です。あなたが一度、愛した人なんでしょう?」
この人に言われると、なんだか本当に大丈夫な気がしてきた。きっとまた、どこかで会えるかもしれないと。
少し心が落ち着いて、手をつけていなかったコーヒーを飲むことができた。
「それと」
私がホッと息を吐くと、スノーさんは付け加えるように言う。
「余計なお世話かもしれませんが、猫になってしまった雪猫のことは、普通は忘れてしまうんです」
確かに、そうしたらクラスのみんなが刹那のことを覚えていなかったのにも納得がいく。
「確かに、急に人がいなくなって。普通に事件ですもんね」
「そうそう。だから、なんでしょう。安っぽい言葉になっちゃいますけど、それは運命ってやつなんだと僕は思います」
そっか、運命ってやつか。そう心の中で繰り返すと、愛する人と離れ離れになってしまったことが誇らしく思えた。だって、運命の恋に困難はつきものだから。
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