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刹那と猫
ああ、寒い。一歩校舎の外に出てすぐに、そう思った。灰色の空から、雨にも雪にもなれない雫が降り注いでいた。
いつもなら一つ身震いをして、冷たい世界に一人で踏み出していた。でも、今は違う。
「刹那、寒いね」
「そうだね」
私には恋人の刹那がいる。横顔がカッコよくて、もちろん正面から見てもカッコよくて、全方位から見ても·····って私、カッコイイしか言ってない。
他にも、言いきれないくらいの魅力がある。冷たく見えるけど本当は誰よりも優しいとことか。サラサラの髪の毛から微かに甘い匂いがすることとか。
刹那の傘の中に一緒に入っていると、その匂いを独り占めしているようで無性に嬉しくなる。
「もうすぐ、雪になりそうだな」
刹那が傘から手を伸ばし、べちょっとした水滴を受け止めて言った。
「そうだね。雪ってさ、なんかワクワクするよね。大人は雪かきが面倒くさいって言うけど」
クスリと刹那が意味深に笑う。
「僕はね、雪を見たことがないんだ」
「え?一度も?」
刹那はコクリと頷く。
「そういえば刹那ってうちの高校に途中から編入してきたんだもんね。前はあったかいとこに住んでたの?」
「うーん、まあね」
「まあねって·····もう、どっちなのよ。でも良かったじゃん。今年は見れるよ、雪」
積もったら、一緒に雪だるま作ろうよ。
言おうとしたけど、妙に子どもっぽい気がして言えなかった。
ふいに、刹那が立ち止まる。
「今年も、見れないよ」
その言葉の意味を、そのときは理解できなかった。
「え?な、なんで?だって、今すぐにでも雪になりそうだよ?」
刹那は黙って首を振る。その表情はどこか抜けてて、何かを堪えているようにも、諦めているようにも見えた。
「今の僕が最後に過ごすのが、君で良かった」
突然口づけをされた。お互いの舌が求め合うように絡まる。とても甘くて、くすぐったかった。こんなに刹那が積極的なことなんてあっただろうか。まるで夢のようだったから、「愛してるよ」と耳元で囁かれるのを目を閉じたまま聞いた。付け加えるように囁かれた言葉も。
「僕は、雪に触れたら猫になるんだ」
「え」
目を開けると、目の前に彼はいなかった。まるで幻みたいに、消えていた。代わりに白い猫がニャアと鳴いて茂みに飛び込むのを見送る。捕まえようかと一瞬考えもしたけど目の前のことに対する戸惑いの方が大きかった。開かれたままの傘だけが足元に落ちていて、それが彼が確かに存在したことを証明していた。
それがなければ、全てを夢だと思っていたと思う。
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