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勅命
分厚い雲におおわれ、薄暗い空が広がっている、魔界。空のあちこちで轟音と共に雷が落ち、切り立った崖にそびえ建つ古城を様々な角度で照らす。城壁には蔦が絡まり、年期が入ったものものしい外観の古城を前に、人々は畏怖と敬意をもってこう呼んだ、魔王城と。
その城内、最上階にある謁見の間では、魔王の勅命で呼ばれた配下数名が横一列にならび、膝をおって頭を垂れていた。そこから数段高い位置にある王座に座る魔王に、名指しで呼ばれたのは、四天王の一人であるへベルルートだった。へベルルートは数歩前に出てかしずき、魔王と向き合う。
「魔王様。へベルルート、ただいま参上つかまつりました」
「へベルルートよ。よく来たな。頭を上げい!」
金の刺繍を施されている豪奢な紫のローブを身にまとった骸骨ーー魔王が、へベルルートを見て言った。魔王は、アンテッドモンスターだった。そんな骸骨に頭を下げているへベルルートもまた、二足歩行をする牛の頭をしたモンスターだった。金で出来た甲冑を身にまとい、片ひざを立てて頭を垂れている。その戦歴や、四天王トップの実力で、身のこなしに一切隙がない。魔王の力に心底惚れ込み、下っぱからの叩き上げで四天王になった男、それがへベルルートだった。
魔王の言葉に反応し、頭を上げたへベルルートは、魔王の次の言葉を待った。
「へベルルートよ、西での遠征、ご苦労だった。これで地上に我の領土がまた、増えたことになる。よくやった!」
「もったいないお言葉、いたみ入ります!」
再び頭を下げるへベルルート。
「でだ、へベルルートよ。我がなぜ魔界にとどまらず地上に侵攻しているかわかるか?」
試すような口ぶりで、へベルルートをみる魔王。へベルルートは頭を下げたまま、口を開いた。
「はっ。恐れ多いながらも進言致します。元々我々は地上に住まう生き物でした。それが人間たちの手により魔界に追いやられ、資源が枯渇した場所で食うものにも困り、餓死して死んでいった同胞たちが大勢いました。魔王様の英断により、元々我々が住んでいた領地を取り戻すべく、今、地上に侵攻しているのであります!」
「そうだ。その通りだよ、へベルルート!! でだ。奪った土地を有効活用しようと思ってるんだが、どうだろうか。そこの管理者をお前に任せようと思うのだが、やってくれるか?」
へベルルートはばっと顔をあげ、魔王を見た。
「このへベルルート、魔王様の勅命とあらば、たとえ火の中、水の中、どこへでも馳せ参じます! 任せてください!」
瞳に野心を燃えたぎらせながら言うへベルルート。それをみて、深く頷く魔王。
「頼もしいな、へベルルートよ。
では、魔王権限にて命じる!
支配した西の土地にて、ファミリー層のモンスターらの住みかを作り、そこを拠点にモンスターたちの生活の場を地上に移すことを命じる!」
王座から立ち上がり、ばっと片手を広げて叫ぶ、魔王。
へベルルートが神妙な面持ちで尋ねる。
「ということは、もしや。そこを拠点に進軍しろと言うことですか、魔王様!!」
キラメク瞳で魔王をみる、へベルルート。
魔王はへなへなと王座に座りなおすと、片手で顔を覆い、言った。
「そういった血生臭いことじゃ、ないんだけどな~」
「と、いいますと?」
へベルルートは、期待に満ち溢れたキラメク瞳で魔王をみている。魔王ははぁーっとため息をつくと、へベルルートにこう返した。
「飢えを凌ぐために、まずは地上にファミリー層のモンスターを住まわせる。お前の仕事は、その土地の管理ーーつまりは社員寮の寮母さんとして住みよい寮作り、もといダンジョン作りに貢献してもらいたいということだ、へベルルート」
「しゃ、社員寮とは?」
へベルルートが頭にはてなマークを浮かべた。
「人間の世界で言う、会社に属する社員が、安心して暮らせる場所、それが社員寮というらしい! 先日、異世界から転移してきたタナカが言っていた。社長である我が、率先して福利厚生を見直さねばならぬと! 戦いばかりではいつか士気が下がり、また魔界に逆戻りする羽目になると!」
「えーっとつまり、どう言うことです?」
目が点になりながら、へベルルートは魔王の次の言葉を待った。
「つまりは。大規模なモンスターの住まいーーダンジョンを建設して、そこの設計、管理、防衛をへベルルートに頼みたいというわけだ。やってくれるな?」
「ま、魔王様? それを私に命じているのですか? この力自慢のへベルルートに!!」
その場で立ち上がり、握りこぶしをつくって吠える、へベルルート。王座であんぐり口を開ける魔王。
「いきなり吠えるなよー、びっくりするだろー?」
手をヒラヒラさせる魔王。
「魔王様、口調が、その、フランクになってますよ?」
頭を下げながら、恐る恐る言うへベルルート。
「だってしょうがないじゃん? タナカの話面白いし、長い間話してると、口調もうつっちゃうよー? はー、魔王ってしんどーい。」
王座に浅く腰掛け、天井を仰ぎ見る魔王。
へベルルートは意を決したように顔を上げ、魔王を見た。
「魔王様!」
「なにー?」
耳の穴を指でほじくりながら聞く魔王。
「恐れながら、進言致します。……他に適任者がいるのでは?」
それを聞き、王座に座り直す魔王。
「へベルルートよ。我はこの役割、お前にしか頼めないと思っている」
「と、いいますと?」
「我はタナカと話し、色々なことを知った。ブラック企業に勤めていたタナカの叫びは、今の我らの環境に酷似していて我の心にアツく響いた。我は思うのだよ。人間とは、元は同じ土地に共存していた同士、親しき隣人だったはずだと。それが何かの弾みで壊れ、我らが追い出されることとなったのだ。ならば奪うだけでは駄目だと。お互いの共存のための和解が必要なのだと、タナカの話を聞いて我は悟ったのだよ」
「ま、魔王様。人間は根絶やしにするって、はじめ言ってませんでしたか?」
「確かにそう言っていた、我は愚かなり。人間を根絶やしにしたところで、むなしさだけが残るだけだと気づけなかった。
へベルルートよ、我とタナカは、友となり、親友となった。それはとても得難い体験だった。我はこの体験を通して、成長したいと思ったのだ、へベルルートよ」
へベルルートには、この言葉の意味がわからなかった。魔王がなぜ優しい声で語りかけてくるのかも、わからなかった。
「魔王様、恐れ多いながらも進言致します!
タナカに傾倒するのは危険です! 人間が送りこんできた刺客やもしれません!」
「へベルルート。我の言葉の意味がわかるまで、寮母の任は解かぬ。一度頭を冷やして考えてみるのだ」
「魔王様、私は! ーーもう用済みと言うことですか?」
下を向き、ぎゅっと両手を強く握りしめながら尋ねる、へベルルート。
「へベルルートよ。我はこの事業を大切な一歩にすべく、お前に頼んでいる。お前なら出来ると信じているから、そう答えているのだ、へベルルートよ」
へベルルートは、魔王を見た。
「どう言うことか、私にはわかりかねます。私よりも、四天王一の頭脳派、ドドリアンをその任務につけた方がいいと思うのですが……」
魔王はそんなへベルルートに、優しく声をかけた。
「我の夢を託せるのは、前線で今まで戦ってきたお主だけだ、へベルルートよ。ドドリアンではない、お主が適任だと思っている」
へベルルートは声を震わせながら叫んだ。
「しかし私は! 戦場に未練があります!」
「わかった、へベルルートよ。ダンジョン運営について、結果を出したら、また戦場へと戻れるように手配しよう」
へベルルートがごくりとつばをのんだ。
「結果、といいますと?」
「へベルルートがいなくとも、社員寮ーーつまりはダンジョンがまわるシステムをつくったら、抜けてもいいだろう。戦場に戻った暁には、指揮官として全体の指揮を取ってもらうこととする」
その言葉を聞き、へベルルートの瞳がきらめいた。片ひざをつき、頭を垂れる。
「わかりました! このへベルルート、無事にダンジョン運営を自動化し、戦場に返り咲くことを誓います!」
その姿をみて、魔王は静かに頷いた。
「うん。たのんだぞ、へベルルート」
こうしてへベルルートは、戦場の鬼から寮母へとジョブチェンジした。
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