第2話

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第2話

「水谷さん……? どうしたの?」 「あ……ご、ごめん。なんでもないよ」 「もしかして、水谷さんも市松猫さん推しなの?」 「えっと、その……」  返答に困っていると、芽衣はキラキラと目を輝かせながら詰め寄ってくる。  近い! 顔がいい! いい匂い! ……もはや語彙力がなくなっているが、それくらい彼女は可愛いのだ。 「う、うん……そ、そうだよ……」  しどろもどろになりながらも答えると、芽衣は嬉しそうに笑う。 「本当!?  水谷さんと同担なんて嬉しいな!」 「あ……ありがとう」 (というか……今更気づいたけど、私、推しに認知されてる……)  その事実に、思わず動揺した。今まで、完全に住む世界が違うと思っていた相手なのに。  そんなことを考えていると、不意に芽衣がスマホを取り出した。 「水谷さんってSNSやってたりする? 良かったら教えて。フォローするから」 「え……?」  予想外な質問に、思考が停止する。  待って。教えられるわけがない。「実は、SNS上ではゴリゴリに加工した自撮りを上げて陽キャを装ってます」なんて口が裂けても言えない。 「えっと……ごめん。私、SNSはやってなくて……」  そう返すと、芽衣は残念そうな顔をした。そんな彼女に、胸がきゅっと苦しくなった。 「そっかぁ……じゃあ、作ったら教えてね」  帰宅後。  私はベッドに寝転がりながら、今日起こった出来事を頭の中で整理していた。 (そもそも、あのアカウントを作ったきっかけは芽衣ちゃんみたいになりたかったからなんだよね……)  芽衣は、自分とは何もかも違っていて。いつしか羨望の眼差しで彼女を追いかけるようになっていた。  一番星のようにキラキラ輝く彼女に少しでも近付きたくて、私は必死にメイクの勉強をしながら「せめて、SNS上では芽衣ちゃんみたいな女の子になろう」なんて考えるようになっていた。 「……勢いでLINE交換しちゃったけど、どうしよう」  当然ながら、自分からは連絡しづらい。  ベッドで仰向けのまま、スマホの画面を見上げる。  次の瞬間、スマホが震えたかと思えば通知が表示される。……芽衣からだ。 『そう言えば、今度、市松猫さんのイベントあるよね。もし良かったら、一緒に行かない?』  その文章に目を通すなり、私はガバッと起き上がる。  元々、そのイベントには一人で行く予定だった。今までどこへ行くにも一人だったから、今回も一人参戦だと思っていたのだが……。 (誰かと一緒に推しのイベントに行くなんて、夢のまた夢だと思ってた……)  緊張のあまり、息が荒くなり額に汗が滲む。  少しずつ落ち着きを取り戻すと、私は返信を入力する。 『うん、行きたい』  そう返せば、今度は芽衣からちびキャラ化された市松猫が「OK」と言っているスタンプが送られてくる。  それを見て安心感が増したと同時に疲れが込み上げてきた私は、そのまま眠りについてしまった。  そして、イベント当日。  私は待ち合わせ場所でそわそわしながら芽衣を待っていた。  その時だった。ぽん、と軽く肩に誰かの手が触れる感じがした。私は驚いて振り返る。 「お待たせー」  目の前には、芽衣が立っていた。白地のブラウスにデニムのミニスカートというシンプルな服装だが、それすらも彼女が着用すれば可愛く見えた。  ファンに気づかれないように帽子を深く被っているものの、その華やかなオーラから一目で彼女だとわかった。 (と、尊い……!)  彼女の姿を見た途端、まるで心臓を射抜かれたかのように胸がキュンとした。 「クラスの男子たちの気持ちが、少しわかったかも……」 「ん?」  芽衣が不思議そうに首を傾げる。そんな仕草すらも可愛いなんて凄い。私は改めて感心してしまう。 「な、何でもないよ。それより、早く行こうよ」  そんな会話をしながら、私たちは会場に向かったのだった。
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