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死体との遭遇
ある雪の日、私は死体と出会った。
その日は、前々日から大雪が降っていた。前日も雪だったが、日中には少し雪が解けた。今朝は、その溶けた雪が凍りつき、更に雪が積もっていた。
こんな雪でも、高校は、休んでくれない。私はマフラーをぐるぐる巻いた首を竦め、通い慣れた道を歩く。
今朝降った雪は、凍りついた雪の上にサラサラと細かい粉砂糖のように積もっていた。柔らかい雪は表面だけで下は凍っているので、歩くと、ザクザクと氷を踏み締める賑やかな靴音が立った。
そこで、私は死体と出会った。通学路の歩道の上、仰向けになって大の字に寝転んでいる。ショートカットの髪が雪の上に広がり、頭を大きく見せていた。
そのそばに、死体と同じ服装で死体を覗き込み立ち尽くしている女性がいる。横に並んで死体を眺め、私は声をかけた。
「戻らないの?」
女性はこちらに振り向くと、少し驚いた表情をした。その顔は、無表情な死体と同じだ。不思議そうに死体を指差しながら、私の質問に質問で返してきた。
『戻れるの?』
差し戻された質問になんと応えるか。この状況なら正直に言っても信じてもらえるかもしれない。
「私は戻ったこと、あるけど……」
女性は『なるほど』と言ってに何度か頷くと、ドラマやアニメのワンシーンのように、死体に重なるように寝転んだ。何度か上半身を起こしたり倒したりしていたが、一向に戻る様子はなかった。
『ダメみたいね、自分の体に拒否されてるわ。どうやら、ちゃんと死んでるみたい』
女性は起き上がって私のそばに立った。私はダッフルコートのポケットからスマホを取り出した。
「そっか。なら、救急車を呼ぶしかないかな。それとも警察?」
『とりあえず救急車で。申し訳ないけど、お願いできるかな』
承諾の返事をしてから、電話をかけた。
「あ、……救急です。はい、宇山高校の前の道路で——はい、道路に人が倒れてて——あ、高久遥です……」
電話口の人に今の状況を伝え、指示を受けてから電話を切った。
「到着まで、心臓マッサージをするようにって。いいですか?」
『ハルカちゃん、学校に行かなきゃいけないのに、迷惑かけてごめんねー。もう死んでるし、私は気にしないから。お願いします。やり方、わかる?』
名前を呼ばれてドキリとしたが、さっき私が電話で伝えたことを聞いていたのだと気が付いた。
「保健の授業でやったから、一通りは」
死体の左手側にしゃがむと、凍った地面の冷気が体を包む。スカートとコートを敷き物がわりにして膝をついた。
授業で上半身だけのマネキン人形に行ったように、死体の胸の上で両手を重ね、体重をかけて強く押した。習ったことを思い出しながら、リズミカルに何度も押す。そういえば、あの人形、なんて名前だったかな? そんなことを考えていると、女性が声を上げた。
『あらヤダ、マスカラが目蓋についてる!』
女性は自分の死体の顔を覗き込んで言った。数日来降り続いている雪は、女性の体をすり抜け、死体の閉じない両目と開いたままの口に降り注ぐ。
『せっかくなら綺麗な死体でいたいのに、この体じゃ今更直せないわね』
女性は憤慨したように胸の前で腕組みをする。その仕草や言葉は、余りにもこの場にそぐわない。シュールすぎる光景に、笑いを堪えようとして胸を押す腕の力が緩んだ。
そうこうしているうちに、救急車が来た。救急隊は、女性の体を確認し、蘇生の見込みは無いと判断したんだろう。急いで女性を病院へ運ぶのではなく、その場で色々確認を行なっていた。
その後、第一発見者の私は、女性と女性の死体と救急車に同乗し、病院へ向かう事になった。
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