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断罪劇の真実
「フィリア・ハートライナ、貴女は皇太子の婚約者という立場を利用して、聖女ユーラを害そうとした。聖女は皇国の象徴であり、皇族と同等もしくはそれ以上に尊い存在だ。聖女を害そうとしたことは極刑に値する」
王宮の執務室に呼ばれたフィリアは、婚約者である皇太子ゼリウスに淡々と己の罪状を告げられる。
「そんな!私はユーラ様を害そうとしたことはありません!」
身に覚えのない罪状に、フィリアは声を荒げゼリウスをキッと睨み付ける。冗談だとしたら、たちが悪すぎる。しかし、フィリアが睨み付けてもゼリウスは全く動じる様子はなく、寧ろその瞳には怒りのような感情が浮かんでいた。
「言い訳は聞かない。証拠は十分に揃っているんだ」
「証拠?やってもいないのに、そんなものあるわけありません。でたらめですわ!」
「言い訳は聞かないと言っただろう」
「……っ」
冷たい眼光に射抜かれ、フィリアは押し黙る。ゼリウスに、こんな風に冷たい態度を取られたのは初めてだった。
「本来なら極刑であるが、貴女が私の婚約者として様々な政策に尽力したのも事実。よって、私とフィリア・ハートライナとの婚約を破棄。ハートライナ公爵家は伯爵位に爵位を降格した上で、国外追放とする」
「そんなの、あんまりですわ!!」
言い訳も何も全く覚えがないのだ。「極刑じゃなくて良かった」なんて思えるはずもなかった。冤罪である。
ゼリウスに詰め寄ろうとしたフィリアだったが、ゼリウスの護衛騎士に押し留められる。
「これは決定事項だ。今頃ハートライナ公爵にも通達が行っているだろう。下がって、身辺整理をするんだな」
フィリアの発言は最初から最後まで無視され、もう話は終わったとばかりに、ゼリウスは手元の書類に目を通し始めた。
きっと何かの間違いに違いない。
たちの悪すぎる冗談を言っているだけだ。
そう自分に言い聞かせながら屋敷に帰ったフィリアだったが、待っていたのは真っ青な顔をした父と、爵位降格ならびに国外追放の通達だった。
数日後、ハートライナ公爵改め伯爵一家は、静かに皇国から姿を消した。
「フィリア様、行ってしまいましたね」
「そうだな……」
遠くにある皇都南の関所を二人の人物が、暗い表情で眺めていた。
一人は聖女ユーラ。
もう一人は、フィリアに国外追放を言い渡した本人、皇太子ゼリウスだった。
「本当に宜しかったのですか?」
「なにがだ?」
感情の伺えない無機質な声音で、ゼリウスはユーラの問いに聞き返す。
「フィリア様は聡明な方です。きちんと説明すれば、解って頂けたのではありませんか?何も罪人として国外追放にしなくても良かったのでは?」
フィリアの罪状は『聖女ユーラを害そうとした』こと。その害されそうになった本人の発言としては、違和感のある言い方である。
「本当の事を話せば、フィリアはこの国から出ていかないだろう」
フィリアの断罪は、主にゼリウスが計画した冤罪だった。
「『数年内に魔族がこの国に攻め入り滅びる』それが神殿の予言だったな」
「はい。早ければ一年後……遅くても三年内にはとの事です」
魔族と皇国は平和協定を結んでいるが、数年前から、その協定に綻びが見え始めていた。一触即発の状態だ。皇都から遠い辺境の町では、魔族や魔物の被害が報告に上がる事が日に日に多くなっている。
「フィリアも、ハートライナ公爵もこの国を愛している。もし本当の事を話せば共に戦うというだろう……だが、それでは駄目なのだ」
この国で皇王の血筋は、皇族とハートライナ公爵家だけだ。
「私が死んでも、ハートライナ公爵家が生きていればこの国の血筋を残す事ができる」
ゼリウスは皇太子として、戦の先陣を切る責任がある。滅びる事が解っている戦だ。
ゼリウスは皇王の血筋を残すために、フィリアをこの国から追放したのだ。爵位を降格したのも、魔族に勘ぐられないためのカモフラージュだった。
「それだけですか?」
「……私は、フィリアを愛している」
ユーラの静かな問いに、ゼリウスは少し目を閉じた後、呟くような声で気持ちを吐露した。
ゼリウスはフィリアを愛していた。
ハートライナ公爵家を国外に出すだけなら、他にも方法はあった。
しかし、ゼリウスは敢えてフィリアに憎まれるような方法をとった。
それは、自分が死んだ後、フィリアが悲しまないようにと思っての事だった。ゼリウスの死後、フィリアが後を追おうとするかもしれない。それくらい、彼女に想われている自負があった。
「私もフィリア様の事、好きでしたよ」
ユーラは少し涙を浮かべていた。
ユーラは伯爵家の私生児だった。聖女として覚醒し伯爵家に引き取られたが、慣れない貴族のしきたりや人間関係に、戸惑うばかりだった。そんな中、色々と教えてくれたのはフィリアだった。彼女がいたから、ユーラは混沌とした貴族社会の中を生き抜いてこれたと言って良い。
「フィリア様が私を害するはずなんてないのに……私まで嫌われてしまったではありませんか」
「それは……すまないことをした。これが最善だと思ったんだが、そうだな、君が憎まれることを考えてなかったな」
ばつが悪そうにゼリウスは謝罪した。
シュンとしたゼリウスの様子に、ユーラは、フフっと小さく笑うと「冗談です」と返した。
「フィリア様に嫌われた者同士、これからの魔族との戦いに備えていきましょう」
「そうだな」
たとえ負け戦だとしても、最期まであがき続ける。そう二人は決意した。
「それに……」
「何だ?」
言葉を切ったユーラに、ゼリウスが先を促す。
「これは私の楽観的考察なんですが、『数年内に魔族がこの国に攻め入り滅びる』……どちらが滅びるのか言ってないですよね? だから、もし私達が生き延びることが出来たら、フィリア様を迎えに行きましょうね」
「ああ、そうだな」
笑顔で、楽観的な提案するユーラに、ゼリウスは少し表情を和らげて頷いた。
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