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一時的に冷えた空気は、話題豊富な島津さんと上條さんによって和やかな雰囲気へと変えられた。
勝沼さんは口数が少ないながらも積極的に話に参加している。
私は私で適当に相槌を打ったり頷いたりして聞き役に徹していた。
話題は仕事の話から、上條さんの勤める会社の話や地元の話、休日の過ごし方といったプライベートな事等、多岐に渡った。
正直あまり乗り気でなかったし、早く帰りたい気持ちが残っているけれど、それなりにこの場を楽しめている。
その中で、何となく勝沼さんの視線の動きから、彼が島津さんを気に入っているらしい事に気付く。
島津さんの話を熱心に聞いてるし、ほぼ間違いない。
食事の中盤を迎えた頃、不意に着信音が鳴り出した。
3人の注目を集める中、画面に表示された名前を確認すると着信主は久世さんだった。
島津さんが「彼氏ですか?」と私のスマホを除き見ようとする。
それを然り気無くブロックして席を立った。
「すみません、少し外します」
着信が切れないよう急ぎ足で店の外へ出る。
「もしもし」
『お疲れ様』
スマホを耳に当てた途端、心地好い声が聞こえてくる。
『なんか……風の音が聞こえる………外にいるの?』
「ちょっと成り行きで会社の人達とご飯食べに来てます。で、今お店の外に……」
『そうなんだ。ごめん、邪魔して。また明日かけ直すよ』
申し訳なさそうに言って通話を終えようとする久世さんに「切らないで」と言って待ったをかける。
「久世さんの声、もう少し聞きたい」
『え……一緒に食事してる人達は大丈夫?』
「大丈夫です」
店を出入りする客の邪魔にならないよう、脇の方へと移動する。
「疲れた体に久世さんの声が凄く染みます。本当は自分の部屋でリラックスしながら聞きたかった」
人目につかない場所を見付けて壁に体を預けた。
『はは、そっか。外寒くない?風邪引かないでね』
「大丈夫……ありがとうございます」
夜風が冷たいけれど、久世さんの声を聞いていると風の冷たさなんてあまり気にならなくなってくる。
『少し意外。瑞希が会社の人と食事に行くなんてさ。瑞希はクールだから、派遣先の人と馴れ合う感じじゃなさそうだし』
「そうですか?」
『うん………といっても俺の勝手なイメージなんだけど。気を悪くさせたらごめん』
「いや、その通りだから全然いいですよ。正直、今日の食事会も乗り気じゃなかったんですけど、たまには社員さんと親睦を深めるのも悪くないかなーなんて……」
小声で「本当は早く帰りたいですけどね」と付け加えると、久世さんは『ははっ、折角だから楽しみなよ』と笑っていた。
ここで上條さんと一緒に食事をしている事を話したら、久世さんは驚くだろうか……
久世さんには、ここ数日の上條さんとの絡みの件は話していない。
だから急に上條さんの名を出して不審に思われたら嫌だな………という気持ちもありつつ、疚しい事は何もないのに隠し事をしているみたいでそれもどうなんだ?とも思ってみたり。
「久世さんは今帰りですか?」
『さっき家に着いたとこ。これから一人寂しくコンビニご飯』
「ふふ、ちゃんとバランス良く食べて下さいね」
『そう思うなら瑞希が作ってよ』
拗ねたように言った久世さんに笑いながら「機会があれば」と返した時、地面の小石が弾かれて転がる音がした。
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