お食事会side:瑞希

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ゆっくりと音の発生方向に顔を向ける。 店のチカチカ光る看板を背に立っていたのは男性で、背格好から先程まで同じ部屋で談笑していた人物だと理解した。 逆光で細かい表情までは確認出来ないけれど、何となく彼が口元に笑みを浮かべているような気がした。 「ごめんなさい、そろそろ戻った方が良さそう。帰ったらかけ直す」 『ん?うん、分かった』 名残惜しくも久世さんとの通話を切り上げ、現れた人物と向き合う。 「俺の事は気にしないで話していれば良かったのに」 徐々に距離を詰めてくる彼に対して、必要以上に距離が近付かないように後退る。 「料理が冷めない内に戻ろうと思いまして。上條さんはお煙草でも吸いにいらしたんですか?」 何の警戒もせず、久世さんの名前を出してしまった事を後悔した。 いつから居て、どこから聞いていたのか分からないけれど、上條さんは油断ならない人のような気がする。 「んーん。邪魔者は席を外そうと思ってね」 「邪魔者?」 「今頃勝沼くんは島津さんを頑張って口説いてるんじゃないかな」 それに対して「あぁ、なるほど……」と呟く。 なんとなく勝沼さんの島津さんへの好意は伝わってきていたから、今回の食事会も二人を引き合わせる為の物だったのだろう。 「勝沼さんかぁ……島津さんの好みとはちょっと違うみたいだけどどうかなぁ……」 「俺からしたら結構お似合いだと思うけどな」 「えー……そうですかねー」 適当な相槌を打ちながら上條さんの横を通り抜けようとした時、上條さんに腕を掴まれた。 「まだ戻らないで。勝沼くんにチャンスをあげてよ」 軽く掴まれているようで上條さんの力は意外と強く、容易く振りほどけそうもない。 「少し話してようよ」 「………」 有無を言わさぬ強制力を含ませた言葉と行動。 小さく溜め息を吐いてから彼に向き直る。 「……………そうですね」 嫌々ながらも、少しだけ会話に付き合ってあげる事にした。 普段ドライな私にも意外と優しい部分があるらしい。
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