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幽霊と男
私は殺された。しかし殺した犯人が分からないでいる。これはまったく由々しきことに他ならない。
「はあ」
「はあ、じゃない。犯人探し協力してもらうから」
「なんで?」
「私のこと見えるのはあなただけだから」
イチロウはうんざりした思いで力説するセーラー服を着た少女を見上げた。
「JCに協力できるなんてありがたいでしょ、私のこと崇めてもいいよ、おじさん」
「いや別に」
「なんで!?」
「むしろこっちがなんでなんだが」
もうすぐアラサーの冴えない男になにを求めてるんだ。イチロウの冷めた様子に少女は焦る。
「私けっこうかわいいよ!」
「捕まりたくない」
「捕まらないって!」
「お帰りはあちらです」
「だから!協力してよ!」
空中で駄々をこねる少女はもはや涙目だ。イチロウは息を吐く。今まで幽霊が見えていいことはひとつもなかった、極めつけが女子高校生の幽霊に絡まれるなんて面倒くさすぎる。
「犯人見つけたとしてどうするんだ」
「復讐?」
語尾が疑問系、頭悪すぎやしないか。イチロウは天を仰いだ。この手合いはしつこいぞ。いっそのこと、協力して早く成仏してもらおう、そうしよう。
「──分かった、協力しよう、ユウレイ子」
「やったあ!ってそんな名前じゃないし、ナギサって名前があるの!」
「はいはい」
「はいは一回!」
幽霊少女に協力することになったイチロウだったが正直手掛かりがない。ドアの鍵を閉めアパートの階段を降りる。
「なにか手掛かりはないのか」
「特に……ひっ!」
空中浮遊せず後ろで階段を降りる少女にしがみつかれる、温度はない。
「な、な、なにあれ」
「幽霊」
お仲間じゃないのか。
視線で問いかけるイチロウにナギサはそんな訳ないでしょ、と声を振り絞った。
視線の先、階段の踊り場に人がいる。スーツ姿の男はおかしな方向に首が曲がっていた。ぶつぶつ呟いている。
おれのせいじゃないおれのせいじゃないおれのせいじゃないおれのせいじゃないおれのせいじゃないおれのせいじゃないおれのせいじゃな
「無視しろ」
イチロウが低く言い捨て踊り場を通り過ぎる。アパートを出るとナギサは泣きそうな顔になった。
「なにあれ。なんなの」
「幽霊だ、言ったろ」
「そうだけど」
「あんなのでいちいち怖がってどうするんだ?お前の後ろにいるじゃん」
「ひ」
ナギサの後ろを通り過ぎる首がない猫が鳴いた。
にゃあ
「無理無理無理っ!」
「離せって」
「無理!」
今のイチロウは何もない空間に服が引っ張られているように見えるだろう。無理と嫌しか口にしなくなったナギサにイチロウは憮然とする。
「幽霊が見えるってことは霊感があるってことだ、霊感がある俺と一緒にいるお前も幽霊が見えるってこと」
「……こんなの見たくなかった」
「俺もだ。離せ、コンビニ行けないだろ」
「私とコンビニどっちが大切なの!?」
「コンビニ」
即答したイチロウにナギサがショックを受けた顔をした。
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